1.フィンランドへの扉
北の果ての「世界一幸せな国」
フィンランドといえば、オーロラ、白夜、サウナ、ムーミン、サンタクロースの他に、すぐれた教育や社会福祉の国というイメージがあるでしょう。MarimekkoやArabiaなどの有名なブランドを通して、おしゃれな北欧デザインの国という認識を持つ方も多いでしょう。他にも、偉大な作曲家シベリウスを生み出したクラッシック音楽や、メタル音楽の国でもあり、かつては世界の携帯市場を独占したNOKIAの活躍からIT先進国という別の顔も持ちます。かの大ヒット映画『かもめ食堂』に魅了された方も多いでしょうし、カウリスマキ監督のあの独特な雰囲気のフィンランド映画から、なんなんだこの国は!と好奇心がかきたてられた人もいることでしょう。
歴史的にも、長らくスウェーデンの一部であり、ロシアの属国となって、1919年に独立したばかりの若い共和国です。さらにはジェンダーギャップが低い男女平等な国、ワークライフバランスがとれた働きやすい国、国連が発表する世界幸福度ランキングで3年連続1位を誇る「世界一幸せな国」でもあります。
Lauri Rotko/ Helsinki Marketing
日本とほぼ同じ大きさの人口が小さな国
このようにフィンランドは、東のロシアと西のスウェーデンに挟まれている、遠い北欧の国のイメージが先行しがちですが、案外多くの引き出しを持つ魅かれやすい国です。フィンランドは、日本から約8000㎞、飛行時間もわずか10時間と「日本からもっとも近いヨーロッパの国」でもあります。地形は日本と同じく南北に細長く、最南端でも北緯60度と、高緯度であることが大きな特徴です。日本では最北端でも北緯45度なので、フィンランドの寒さはどれほどかと思われるかもしれませんが、大西洋から流れ込むメキシコ湾暖流のおかげで、実はそれほどではありません。そして、国土面積は日本とほぼ同じ大きさのところに、兵庫県とほぼ同じ、わずか550万人が暮らしています。
そのような国になぜ私が住むことになったのか。その理由はかつてNOKIAの日本支社で働き、フィンランド人と国際結婚をしたからです。2000年代上旬のNOKIAは世界中に支社を展開し、数多くの駐在員をフィンランド国外に飛ばしていたので、国際結婚がブームでした。海外で伴侶をみつけて帰国したフィンランド人社員は、当時のNOKIAのスローガンになぞらえて”NOKIA, connecting people!”と冷やかされたものです。元夫がフィンランドの本社に戻ると決意したとき、日本生まれの長男は生後5か月でした。
Riku Pihlanto / Visit Finland
寒いというより「痛い」
フィンランドには出張で数回、元夫と知り合ってからも数回行ったことはあったのですが、住むというのは大きな決断でした。夫の国で、元勤務先の国というだけで(結婚して間もなく退社しました)、フィンランドは私にはまるで未知の国でした。ムーミンも知っているけど、ちゃんと本を読んだことがありませんでした。
フィンランド南部にある首都ヘルシンキは、最も寒い2月でも、最低気温の平均はマイナス7度ぐらいです。とはいえ、その南部でも最低気温がマイナス20度以下にも及ぶ日が年間10~20日ほどあり、露出している肌が寒いとうよりは、痛いと感じます。
当時私が住むことになったケラヴァ市は元夫の故郷で、その特色を彼の口から「何も特徴がないベッドタウンとして有名」と聞かされたとき、日本でいう埼玉県だとあたりをつけました。その埼玉県出身の私にしてみたら、なんとテンションの低い移住だったことでしょう。2004年の3月のケラヴァには、ガリガリに凍った残雪とまぶしいだけで温かくない日光に歓迎されました。新築のマンションが雪の上に伸ばす影が、やけに青かったことをおぼえています。
Eeva Mäkinen / Visit Finland
白夜と極夜のコントラスト
緯度の影響は、気温よりも日照時間に響くといっても過言ではありません。一日中太陽が沈まない白夜は、6月下旬の夏至がピークで、日照時間は北部では24時間、南部では19時間に及びます。長い冬に耐えた後に太陽の恵みを祝う夏至祭は、クリスマスに次ぐ二番目に重要な祭りで、お店やレストランはその前日から閉まり、ほとんどの人が夏季休暇に入ります。人々は湖畔のサマーコテージに出かけます。ベリーを摘み、魚を釣って、ご馳走を食べて乾杯をし、フィンランド発祥のサウナで汗を流し、一糸まとわず湖に飛び込みます。フィンランドのハイシーズンはこの、沈まぬ太陽がおがめる白夜なのですが、乳児づれで来たばかりの私は、現地になじむことと育児で精一杯だったので、何が素晴らしいのかよくわかりませんでした。
一方冬至には日照時間が最短となる 極夜(きょくや)という現象もあります。やはり南北で差があり、南部の首都圏では最低4時間は日照があるのでなんとかやっていけますが、最北の町ウツヨキでは1カ月も日が昇りません。この極端な日照時間の変動に、不眠やうつ病など、健康を害することもあります。ビタミンD不足を解消するためには、サプリメントを飲んで補足する必要もあります。冬至は暗さのピークで、無事に乗り越えられればあとは楽になり、ちょうど重なるクリスマスは宗教的な意味も含めて、フィンランドで最も重要な祝日です。
Miikka Niemi / Flatlight Films / Visit Finland
サンタクロースの故郷
クリスマスといえば、フィンランドでは、北極圏のラップランドにあるコルヴァトントゥリ(フィンランド語で「耳の山」という意味)という小高い丘が、サンタクロースの故郷だと信じられています。キツネが北極圏の丘を走るときの火花だという伝説もあるオーロラと合わせて、北欧人のイマジネーションと大自然が幻想的な季節を盛り上げてくれます。私は在住16年ですが、実はまだはっきりとオーロラを見たことがありません。サウナもベリーやキノコ狩りもそれなりにやりますが、もっと極めたい。興味は尽きないのであります。
最近では、移住してから続けている執筆以外にも、翻訳、通訳にコーディネイト業で起業し、保育園で保育士、自閉症障害者ホームで指導員としても働くようになりました。このように何足ものわらじをはきながら生きていますが、フィンランドらしく、マイペースにやっております。こんな私ですが、何かの縁があってこの国の扉に手をかけてしまった皆さまに向けて、フィンランドから「暮らしの余白」を記して参ります。不思議がたくさんの国へようこそ!
靴家さちこ:(くつけ さちこ)フィンランド在住ライター。青山学院大学文学部英米文学科を卒業後、米国系企業、ノキア・ジャパンを経て、2004年よりフィンランドへ移住。共著に『ニッポンの評判』『お手本の国のウソ』(新潮社)、『住んでみてわかった本当のフィンランド』(グラフ社)などがある。
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