29. 冬眠からの目覚め

皆さまご無沙汰しております!2022年がもう始まったこと、はい、知ってます!1月がサウナストーンに投げた水のように、あっという間に蒸発して消えてしまったことも、知ってます!年賀状は1月10日までになんとか投函し、間に合わなければ2月に寒中見舞いを書いていた、昔の私とあまり変わりませんが、今年も前進中です。こんな私ですが、フィンランドからの発信を続けますので、どうぞよろしくお願いします。
靴家さちこ 2022.02.16
誰でも

晴れの日のスイッチ

ふりかえると去年の12月は例年と比べて晴れの日が多く、今年に向けて助走がつきそうな、ちょっと気持ちの浮き立つ日々でした。北緯60度圏の国では、真冬に気まぐれにお日様が顔を出したところで、地面をかするだけで温めてはくれないんですけど、久しぶりに光を見るだけで、光が目に入るだけでも後頭部がしびれるような気持ち良い刺激を受けます。ウィイイインっとゆるくスイッチが入るような感覚。これがなんと、今年は1月にも多く恵まれました。ウィイイイン。

真横から顔面めいっぱいに差すフィンランドの陽光。お正月でなくても「ご来光」という気持ちで拝みます。

真横から顔面めいっぱいに差すフィンランドの陽光。お正月でなくても「ご来光」という気持ちで拝みます。

フィンランドで就職して2年目を迎えた今年の1月は、去年のように「まだここで働き続けるのかなぁ」という迷いはありませんでした。やっと一年の流れが体感としてわかるようになった今年は、初めてタックスカード(源泉徴収率などが記されている文書)に記入する予想収入と税率を自力で算出して(緊張して肩をガチガチにしながら)、オンラインで税務署に申告するという大仕事もやってのけ(去年は訳がわからず放置していました)、晴れて本格的にフィンランド社会の一員になれた気分を噛みしめていました。

苦節17年。離婚して学生をしていた年は、収入が低かった分だけ、税率も低いからそんなことをする必要すらなく、生活していくのに十分な収入があるか計算するのも怖くて、子ども達のクリスマス休みに便乗してよく寝ていた(思考停止)記憶があります。離婚する前は、クリスマス直後から1月中旬まで不機嫌に黙りこむ元夫とも暮らしていたので、その終わりを待つ1月は、とても眠たく、とても長く感じていました。

朝8時でも夜みたいなフィンランドの冬。なぜ起きなければならないのか、ちょっとよくわかりません。頑張って起きたごほうびに、針葉樹の葉に積もった雪から輝くダイヤモンドダスト。

朝8時でも夜みたいなフィンランドの冬。なぜ起きなければならないのか、ちょっとよくわかりません。頑張って起きたごほうびに、針葉樹の葉に積もった雪から輝くダイヤモンドダスト。

1月は冬眠する国民性

1月は新年が開けたところで、フィンランドの各施設や省庁に日本の研究機関やスタディツアーから視察に関するお問い合わせが来る季節でもあります。コロナ禍の前はこんなに眠たい私のところにでも、お問い合わせをいただくことがあって、適切なフィンランド国内の視察先にメールで照会してみたものの、なかなか返事がもらえないことがありました。

これ以上お客様をお待たせしてしまってはいけないと思い、電話をかけてみたら、問い合わせる私もなかなか言葉がまとまらず、我ながら寝ぼけているなぁと苦笑していたら、電話の向こう側も同じように口が回らない。しかも希望の訪問日時が1月中と割とすぐだったのであっさりと断られてしまい、その理由が「1月じゃ、私たちはまだ冬眠してますので(笑)」というものだったので、一緒に笑ってしまいました。ムーミンかよ。

左:フィンランド文学を代表する冬眠する想像上の生き物、ムーミン Photo Ants Vahter © Visit Finland 右:雪が映える淡い青色のムーミンハウス Miki Kaskela © Visit Finland

左:フィンランド文学を代表する冬眠する想像上の生き物、ムーミン Photo Ants Vahter © Visit Finland 右:雪が映える淡い青色のムーミンハウス Miki Kaskela © Visit Finland

それ以来、「春はあけぼの」じゃなくて「一月は冬眠」と一句読みたいぐらいに、フィンランドでは1月はボーッとしてていいんだという認識だったのですが、今年の私は少し違いました。クリスマス休暇明けの動きの緩慢さは残りましたが、フィンランドは元日しか祝日ではないので、子ども達と家でもっとお餅を食べたいなぁという気持ちを切り替え、2日から出勤し、職場でも「タックスカードの税率どうした?」と同僚たちと情報交換をして、いつになくエネルギッシュな新年のスタートを切りました。

寝ている場合ではない時

デルタに続いてオミクロンが広がり、コロナ禍が暗転すると、クリスマス明けに帰省先から感染して戻ってきた入所者さんが陽性で隔離、風邪症状でデイセンターに通えなくなった入所者さんが隔離、続いて職員たちがバタバタと病休に入るなど、職場では「冬眠」などと寝ぼけたことがいってられない状況になりました。感染した職員2人と同じシフトだった日もあったので、上司から「次はあなたよ、症状が出るかどうか注意して観察して」とホームテストキットを手渡されました。

職員が足りずリソース不足になった私の職場は、上司が一部の入所者さんのご家族に一時帰省をお願いしたり、夏休みに働きに来ていた元職員を臨時で雇って人員補填をするなどして乗り切りましたが、私はいつしか、テストしてもテストしても陰性ばかりが出る健康のありがたみも忘れて病休が欲しいと願ってしまうほど、疲れていました。

テストキットで陰性と出ても、症状が収まらないなど、気になることがあれば正式にPCR検査を受けましょう。

テストキットで陰性と出ても、症状が収まらないなど、気になることがあれば正式にPCR検査を受けましょう。

状況が刻々と変わる変化に疲弊する一方、定職についていなかったあの頃とは違って、一週間が流れるスピードの速さがいつの間にか、日本で働いていた時の速さと同じぐらいに感じるようになっていました。1月がサウナストーンに投げた水と同様、蒸発するように消えるのも、何の不思議でもないという気がしました。

抗えないものに身をまかせる

慌ただしすぎるのはあの頃も今でも大嫌いですが、それでも、忙しくて疲れていてやっとの思いで作った焼き菓子や夕ご飯がうまくできて、それをまた息子達と美味しいね、美味しいねとわかちあって食べていると、そのひと時が一週間のハイポイントになります。

2月には6日のルーネベリの日にいただく、ルーネベリタルトを焼きました。次は3月にラスキアイスプッラも作るのですが、今年はちょっとはりきって、冷凍のプッラは卒業して、自分で生地からこねて生地から作る野望をもっています。こんな風に小さな目標を毎年ちょこちょこ見つけてちょっとずつ達成すると、小さな自信の積み重ねになります。

ルーネベリタルトの名で近年日本でも良く知られるようになった「ルーネベリトルットゥ」。アーモンドプードルの香ばしさが人気の秘密のこの焼き菓子を、今年は5種類のベリーパウダーでカラフルに焼いてみました。

ルーネベリタルトの名で近年日本でも良く知られるようになった「ルーネベリトルットゥ」。アーモンドプードルの香ばしさが人気の秘密のこの焼き菓子を、今年は5種類のベリーパウダーでカラフルに焼いてみました。

でもお天気のことは過信してはいけません。今年は無しで済みそう……とほくそ笑んでいいると2月の下旬にいきなり気温が-25℃以下に下がったりするのですから。車のドアが凍って開かなくなるなど本気で予期せぬ交通のトラブルにも見舞われるので、もう一度冬眠してやりたくなります。

ブーツが踏みしめる雪が、キュッキュッと硬い音を立てるそんな日に、太陽は斜め前から私の細い目めがけて黄色い帯をたなびかせるだけで、全然体を温めてくれません。まぶしさに負けまいと目を凝らしてみると、ダイヤモンドダストが宙を舞うこともあって、しばしその光の強さと気まぐれな動きに心を打たれます。人々が「何これ寒過ぎ、殺す気!?」と思うタイミングでこんなに美しい姿を見せつけてくるなんて、自然ってなかなかあざといですよね?……こればかりは毎年なす術もなく、されるがままになっています。

左:キュッキュッと硬い雪を踏みしめながら見上げた空には樹氷が。右:車が凍りついて途方に暮れた日の駐車場の植えこみに咲いてきた雪の花。

左:キュッキュッと硬い雪を踏みしめながら見上げた空には樹氷が。右:車が凍りついて途方に暮れた日の駐車場の植えこみに咲いてきた雪の花。

<b>靴家さちこ:(くつけ さちこ)</b>フィンランド在住ライター。青山学院大学文学部英米文学科を卒業後、米国系企業、ノキア・ジャパンを経て、2004年よりフィンランドへ移住。共著に『ニッポンの評判』『お手本の国のウソ』(新潮社)、『住んでみてわかった本当のフィンランド』(グラフ社)などがある。     

靴家さちこ:(くつけ さちこ)フィンランド在住ライター。青山学院大学文学部英米文学科を卒業後、米国系企業、ノキア・ジャパンを経て、2004年よりフィンランドへ移住。共著に『ニッポンの評判』『お手本の国のウソ』(新潮社)、『住んでみてわかった本当のフィンランド』(グラフ社)などがある。     

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