30.「世界一の教育」中学編
「世界一」?の現在
フィンランドの教育に関してお話する時に、まず最初に触れておかなければならないのが過去の栄光です。「過去」といい切ってしまってもいいのか少しためらいがありますが、フィンランドの教育が「世界一」として脚光を浴びたのは、「PISAテスト」という、「OECD(経済協力開発機構)による国際的な生徒の学習到達度調査」の結果によるものです。2000年に始まったこの調査において、フィンランドは2003年と2006年実施分において、世界の頂点に立ちました。
OECDのPISAテスト公式web : https://www.oecd.org/pisa/
それまで特に教育の話題で注目されたことがない、人口わずか500万人ほどの小さな国が急に「世界一」になったので、日本を始め多くの国の教育関係者がフィンランドに駆けつその謎に迫りました。フィンランド教育文化省も改めて自国の教育を分析して発表し、海外からの視察報告とも合わせて、フィンランドは①教育への支出が高く(公的資金全体の 11%強)、②統一テストなどで競争をあおらない基礎学習が徹底しており、③教師がほぼ全員修士号資格者と高学歴で、④教師が教壇に立つ昔ながらの授業が成立しているといった特色が浮かび上がってきました。
それらの特色を維持強化して、フィンランドは「世界一」のポジションを守り続けるのか?と思いきや、PISAテストの2009年実施分以降、上海や香港などのアジア勢やエストニアなどに抜かれ、「世界一」ではなく「上位国」という位置づけになりました。「競争しない」ことを特色としているだけに、一番を目指すよりは、次世代の子ども達に必要なスキルを想定して、2016年の教育改革以降はさらに新しい方向を目指しています。
まだよく知られていない「フィンランドの中学校」
地域で唯一の「小中一貫校」である息子達の母校:中学校
前置きが長くなりましたが、もう一つPISAテストについてリマインドしておきますと、この学力テストの対象年齢は15歳。にもかかわらず海外からの視察団が多く訪れたのは小学校、しかもフィンランド語ができなくても指導内容がわかりやすい算数や英語の授業でした。私も2009年に出版した本のために中学校に潜りこみたかったのですが、当時の語学力ではきちんと取材ができるとは思えず、共著者で大先輩のセルボ貴子さんに突撃をお願いしました。
あれから13年が経ち、長男が高校3年生、次男が中学1年生になって、視察同行も回を重ねてようやく、見えてきました。フィンランドの中学校!その実態は、ずいぶん違うところもありますが、案外日本と変わらないところも多い……かもしれません。ゴホゴホ。
まず、ちょっと誤解されていると感じる点は、フィンランド教育について書かれている多くの記事やブログにある「小中一貫」という表現。フィンランドでは確かに、総合学校(Peruskoulu)の1年生から9年生(必要がある生徒は10年生)と数えるので、同じ建物や敷地内に小学生から中学生まで全学年集まるイメージがわくと思います。が、厳密には小学(ala-aste)中学(yläaste)とはっきり区別されているのです。
中学と同じ敷地内にある息子達の母校:小学校 校庭は共有で、足りなければ近所のスポーツセンターを活用
マンモス校にビビる
地域によって様々ですが、例えば一応首都圏の、我が自治体トゥースラにある息子たちの母校は中学も併設してあります。が、実はこの地域には小学校が5校あるところに中学は1校しかなく、実質小中一貫になっているのは、息子達の母校だけなのです。
フィンランドには親子で着飾って記念写真を撮るようような仰々しい入学式は無く、中学校ともなると、もはや学校初日というぐらいの体であっさりしています。中学との併設校出身である息子達でさえも、小学校では全校生徒170人ぐらいだったのに、急に700人規模のマンモス校生活が始まったので、中学校の初日にはかなりビビりました。それでも隣の校舎に移った程度の息子達にはまだ余裕がありましたが、他校からの生徒たちは落ち着くまでもっと時間がかかっていたようです。
中学生といえばただでさえ不安定な年頃なのでいじめが無いかと心配しましたが、息子達の場合は、たまたま女子が多いクラスだったので、男子が結束して仲良くまとまったそうです。同じ中学でも過去にはSNSを使った深刻ないじめがあったり、隣の市立中学では生徒がナイフをふり回す事件もあったので、のどかなフィンランドの中学だから手放しで安全という訳でもありません。
小学校時代から小学生用の広い校庭を我が物顔で駆けずり回っていた息子達。中学生は休み時間の多くを仲間とケータイでミーム(meme:英語ではミーム、フィンランド語ではメメと発音される)と呼ばれるネットで流行りの画像や動画を見せ合って過ごします。
個性豊かな先生たち
息子達の母校では、およそ700人もの生徒に対して、校長、教頭、担任と教科担当を合わせて46人に特殊指導の先生が3人、アシスタントが4人と、スクールカウンセラーやナースなどの生徒の健康に関わる職員4人が運営に携わります。長男の初めての学年保護者会で、オーディトリウムの壇上に9クラスの担任の先生と教科担当とアシスタントがずらずらと現れた時には、その数の多さに驚いて目を見張りました。
親としては、昨日までのどかな小学校生活を送っていた子ども達が、急に教室から教室に移動するようになるので、せめて先生方はのんびりした感じだったらなぁと思っていたのですが、先生方の自己紹介を聞いていると、もう容赦なく早口で、それぞれの担当教科の専門家で、生徒を大人扱いする構えが伝わってきました。
小学校と比べて男性が増えたもののやはり女性の先生が多く、それぞれのファッションにも個性が現れていて、改めて、いろんな人がいるんだなぁと眺めてしまった次第です。
長男の卒業式。7年生から9年生までの多感な時を支えてくれた担任の先生から卒業証書を授与されるところ。 ※画像はプライバシー保護のために加工するまでもなく、私のスマホのカメラの限界がコレでした。
学年合同の保護者会の後には、各教室に移動して、クラスの保護者会に入りました。長男の担任の先生は、あざやかな色の太いふちの眼鏡をかけたドラえもんのような人でした。教室にはオペラフェスティバルのポスターが貼ってあり、先生もターコイズブルーや紫をまとったオペラ歌手のような服を着ていました。先生は初めに低い声で「私はサボ地方出身でおしゃべりなので、話し過ぎたら止めて下さいね」と一言断ると、ぐふふふふふと太く笑いました。強い、個性が強すぎる!
教科担当では歴史の先生の個性が光っているようで、生徒の名前を覚えるのが苦手なその先生は、生徒を指名する時には真っすぐ指さして厳かに「Sinä(あなた)!」と低くうなることで有名で、長男がその先生のモノマネをすると次男が手を打って笑います。その先生は古いプリントの使いまわしを宿題にすることが多く、授業中に宿題の答え合わせをする時もマイペースに駆け抜けるので、ほとんどの生徒が正解がわからないまま煙に巻かれているのだそうです。
先生は基本的に壇上からレクチャーをする、昔ながらのスタイルで教えているそうなのですが、ときどき2016年以降の新しい指導要綱に沿うように、グループ学習も企画します。が、生徒たちの前でも臆することなく「新しい指導要綱の通りにやらないといけないからねぇ」と面倒くさそうにため息をつきながら進めたり、時々YouTubeの歴史チャンネルをつけて「ビックリするほど素晴らしいヴィジェオ(ビデオ)を見せよう!」と言いながら嬉しそうにサボるなど、その正直な性格が生徒たちのハートをつかんでいるようです。
ある日先生が次男の歴史の授業中につけてくれた「日本の歴史」のYouTubeヴィジェオ(←先生が「ビデオ」のことを「ヴィジェオ」と独特な発音をするのであえてこう書いてます。長男がモノマネできるw)。 面白いので是非ご覧下さい。↓
落ちこぼれを作らないって本当?
プリントの答え合わせをさっさと進めてしまうなど、生徒を「大人扱い」する先生は、中学では少なくはありません。長男の担任の先生は数学を教えていましたが、小学校の成績から既に生徒たちを把握しており、若き数学の天才と出会えることをとても楽しみにしているようでした。この先生も昔ながらの教育メソッドを完全に手放すつもりはなく、抜き打ちテストをガンガン投入し、「これで生徒が勉強するのなら嫌われても構いません」と公言していました。
小学校では数学が得意教科だった長男ですが、他の多くの生徒たちと同じように8年生、9年生と年を重ねるにつれ、ついて行くのが辛くなり、残念ながら興味も薄れていってしまいました。「落ちこぼれを作らない」ことでも有名なフィンランドの教育なら長男を救ってくれるのでは?と期待した私は浅はかだったのでしょう。補修はテストの点が10段階評価の5などの深刻な状況の生徒や「希望者」だけが受けるもので、なんとか7以上の点数が取れていたり、プライドの高い生徒は自力で頑張りぬくしかありません。
左:先生「宿題はやってきましたか?」生徒「あ、はい。今やってるところです」←長男の学友のイメージ図 右:すっかり大人びた女子が多い中学校のクラスでは、男子生徒の結束が固まるという不思議な現象。女子の方が成績優秀者も多いのだそう ←長男談 画像:Elina Manninen/Keksi and Team Finland
フィンランドは18歳で成人する国で、中学生ともなると生徒達もかなり強い自分の意思を持っています。「いい成績をキープして良い高校に入ろう」という野心から「あきらめよう」というアッサリした態度までさまざまです。中には悪目立ちしたくて、テストで5を取ろうと努力をしたり、特にスウェーデン語の5を誇らしげに友達に見せて回る輩も出てきます。長男の友達は宿題を授業の前の休み時間に慌ててやっつける常習犯で、先生に字が汚いとノートが突き返されたり、やがて先生から宿題の提示を求められることもなくなってしまいました。
他にもクラスメイトの中に、宿題だけではなく、忘れ物や遅刻の常習犯がいて、その立ちふる舞いから発達障害のボーダーラインと思しき生徒がいたそうなのですが、その子の場合、支援の手は十分に差し伸べられていませんでした。毎回先生が宿題の提示を求め、彼女が「忘れました」と答えて、クラスがザワザワして終わり、という。そんな風に、残念ながら取りこぼしもあるのが現状です。
不良やヤンキーも、ちゃんといる
私が初めて見たフィンランドの怖い中学生は、ケラヴァ市の某中学の校門から一歩出るなりタバコに火をつけて、カカーッぺッッ!!と地面に唾を吐きつけた女子でした。黒づくめの服に悪魔調のメイクをして、仲間たちと群れながらザッザッと往来を歩く。授業時間が週に30時限ほどで、掃除も部活も無く、15時頃には終業時間となるフィンランドでは、白昼堂々そのような中学生を見かけることがあります。
「フィンランドメソッド」で知られるマインドマップが授業でどう活用されているかを取材しにお邪魔した中学では、代理教師が自習させている隣のクラスがお祭り騒ぎで、そこから抜け出した女子が廊下を走りながら奇声を上げるなど、とてもワイルドでした。もしもトゥースラに引っ越さなければ、息子達はその中学に進学するはずだったので、ちょっと怖いなぁと感じたものです。
中学は4学期制。学期ごとに時間割も変わり、生物学と地理や、物理と化学、歴史と社会学が入れ替わったりします。
トゥースラに引っ越したのは元夫の仕事の都合で、たまたまだったのですが、人口密度がケラヴァの1/7程度のトゥースラの中学は、ケラヴァと比べるとのどかでぼくとつとしています。例えばケラヴァでは、給食の時間に学校から抜けて大型スーパーでジャンクフードを買う中学生の集団が堂々とレジに並ぶのに、トゥースラでは教頭先生に見つかると居残りをさせられるので、コソコソッと小さな集団が学校近くのスーパーに現れます。
冬の天候が悪いフィンランドでは15歳からモポという原付自動車の免許が取得でき、通学にも使えるのですが、トゥースラでは、初めてそれで校庭をぐるぐる乗り回して教頭先生に追いかけられるヤンキーを見ました。
ヤンキーは、夜になるとスーパーの地下駐車場にモポで現れます。ぶぅんぶぅんとエンジンをふかし、駐車場の坂とカーブを疾風のごとく駆け抜ける彼らを見ていると、思わず「パラリラパラリラ♪」と口ずさんでしまいます。モポの暴走族はケラヴァでも、その隣市のヴァンターでも見ましたが、より大きな人口が集まる大都市の方が、より本格的に怖い感じです。
左:かつて「フィンランドメソッド」として有名だったマインドマップ。ノートを見せてくれた生徒はフィンランド語の文法を整理するために活用していました。右:トゥースラにも存在するヤンキー。モポはもちろん改造済み。スーパーの地下駐車場がたまり場です。それをわざわざTwitterで拡散する私の野次馬根性。↓
日本より厳しい進路選択?
さて中学校といえば、2021年までは高校か職業訓練校のほぼ2択(高校進学に十分な能力が無い、進学先が決められないなどの理由で10年に留年したり、稀に就職する生徒も)の進路の選択が迫られていました。
長男は2019年卒業なので、当時の様子をふりかえると、まだ15~16歳の生徒たちの中には、将来なりたいものや就きたい職業などわからない子が多く、結局親が選んだ道と同じものを選んでいるようでした。長男の進学が決まる年には高校と職業訓練校のハイブリッドコースが誕生したため、そのコースがある高校の人気が高まり、例年より競争が厳しくなるという現象もありました。
フィンランドでは、中学校の総合成績で行ける学校が決まります。オポ(Opo)と呼ばれる進路指導の先生と自己分析や将来の選択肢について学びながら、9年生になると最大で5つの志望校にオンライン願書を出します。フィンランドは全国どこでも同じレベルの教育が受けられるという建前があるのですが、やはりヘルシンキや地方都市には教育に熱心な家庭の子息が集まるエリート校があります。しかしながら全国どこでも同じレベルなのだから、という理由で通学が楽な最寄りの高校を選ぶ生徒も少なくはありません。
なんだかまぶしいヘルシンキの若者たち。長男とその仲間達が夏休みに26㎞の距離を自転車で遠征したり、電車やパスではるばる乗りつけて冒険するヘルシンキ。 画像:Julia Kivelä & Visit Finland
長男とその仲間たちは、ヘルシンキのエリート高校、ハイブリッド校に職業訓練校から10年生と実に幅広い道に分かれていきました。中には10年生にも残らなかった強者がいます。彼は進路指導の先生に見習い訓練で就職する道も進められていたのに、行くふりをしてどこにも行きませんでした。当時の義務教育は中学卒業までだったので、彼は卒業時に「義務は果たした!」と公言し、清々しく家に居ます。中学卒業後に2択のうちどちらも選ばない生徒は、フィンランドには1%しかいないそうです。これもまた強い!個性が強すぎる。
2021年からは義務教育課程が18歳までに延長され、中学を卒業した生徒は高校か職業訓練校には必ず進学しなければならないことになりました。7年生の次男には、数学も英語もまだ簡単で、月曜日の1~3時間目が家庭科の調理実習で美味しいものを作って食べることから始まるのもまた楽しいらしく「トゥー・イ~ズィ(Too easy) !」などといって調子こいています。が、この先どうなることでしょう。中学の個性豊かな先生方、どうぞよろしくお願いします!
Too easy!と次男にいわしめる、中学7年生の時間割。確かに家庭科と図画工作と美術が盛りだくさんで楽しそう。そんな中学、私だって通いたい。
~本稿にご登場いただいた大先輩、セルボ貴子さんプロフィールと訳書の紹介~
セルボ貴子(せるぼ・たかこ) 広島県出身、2001年よりフィンランド在住、夫とWaConnection 社にて、通訳・翻訳 &コンサルティング業を営む。軸はサステナビリティ、訳書に『世界からコーヒーがなくなるまえに』(青土社)、『ムーミンの生みの親、トーベ・ヤンソン』(河出書房新社)などがある。
靴家さちこ:(くつけ さちこ)フィンランド在住ライター。青山学院大学文学部英米文学科を卒業後、米国系企業、ノキア・ジャパンを経て、2004年よりフィンランドへ移住。共著に『ニッポンの評判』『お手本の国のウソ』(新潮社)、『住んでみてわかった本当のフィンランド』(グラフ社)などがある。
すでに登録済みの方は こちら