24. フィンランドの英語教育とその背景(vol.6)
スッペルマールケットゥ!
これまで、フィンランド人が学校教育や日常生活の中でどのようにして英語を学んで身につけているか書いてきました。多くのフィンランド人が話す英語が、英語と語族が異なるフィンランド語話者にしては、とても上手であるということも。その上であえて、みんながみんな英語が好きで上手ではないことも事実として書き添えましょう。日本でもジャパニーズイングリッシュや和製英語があるように、フィンランド語訛りの英語というのもちゃんと存在して、それを駆使するフィンランド人もいます。
フィンランドを旅したことがある人なら、滞在中にフィンランド人に道を尋ねたことがありますよね?その時のフィンランド人が発音するRight(右)の“R”の音はどうでしたか?日本だったらちょっと怖い系の方たちが「ゴルァ!」とお怒りになる時の舌がぐるぐる巻きのRの音が聞こえませんでしたか?
K-Supermarketで買い物を楽しむ家族 画像:Kesko https://www.kesko.fi/en/media/material-bank/
私は海外旅行に行くと、必ずスーパーマーケットに行って現地の人達の生活をのぞきに行くのですが、初めて行ったフィンランドのSaloという町で「スーパーマーケットはどこですか?」と聞いたら「スッペルマールケットゥは真っすぐ行ったところを左に曲がって……」と、R巻き巻きの発音のインパクトが強くて、せっかく教えてもらった道順が全然頭に入ってこなかった記憶があります。
フィンランド語訛りの英語
Rの巻き以外に見られるフィンランド訛りの英語の特徴は、BとPの区別があまりはっきりしていないことです。Bは外来語以外ではあまり使われないアルファベットなので、BをPっぽく発音してしまう人が多いです。
ノキア時代に出張中の私を食事に連れて行ってくれた同僚に「Do you have プラダ?」聞かれた時、私は咄嗟に(日本人というとPRADAのバッグをみんな持ってるという偏見かな?)と思い、そして本当に持っていなかったので「No」と答え、しばらく経ってbrother、つまり兄弟がいるかと聞かれたことに気がつきました。
外来語以外では使われないアルファベットがあるというのは意外でしたが、B以外にもCとFもそうで、例えば私の名前SACHIKOに含まれるCを無視してサヒコと発音されることが多く、実際なんて読んだらいいのかと聞かれてサチコだと答えると、それならCHIではなくTSIと綴るべきだと勧められたりします(ほっとけよ)。さらにFがVっぽい発音になる人もいて、「ヴィルム」と何度もいわれて何のことかと聞き返したら、firm(企業)だったこともあります。フィンランド語はイントネーションがかなり平坦な言語なので、英語のイントネーションを期待して耳を開いていると何かの呪文のように聞こえてしまい、聞き取りに苦労することもあります。
イースターの時に魔女に扮するフィンランドの子ども達は本当に呪文を唱える。画像:Visit Finland
日本人に共感しやすい読み間違い
こういったフィンランド人が話す英語の特徴にはノキア・ジャパンに勤務していた時からふれていたわけですが、さすがに初めて、大きな会議の場で上役の方が“agenda”(アジェンダ=議題)を「アゲンダ」、“technology”(テクノロジー)を「テクノロギー」、“I think……”を「アイ・チンク」と発音したのを聞いたときには、ショックで思わず復唱してしまいました。さらに私の直属の上司はorderを「オールデール」と発音する人だったので、Rの巻きの強さに対する感動もひとしおでした。
フィンランド訛りの英語のこのカタカナ読みみたいな発音は、フィンランド語がそもそもアルファベットを書いてある通り、つまりほぼローマ字読みする言語であることに起因します。元夫がふとした時に漏らした、彼が子どもの時に“Georgia”(ジョージア)をゲオロギアと読んでいたというエピソードは、日本の缶コーヒーのジョージアをゲロギアと呼んでいた私の子ども時代を想起させました。ジャパニーズイングリッシュとフィングリッシュ、私たちは似ています。
「僕なんてキャンセルのことカンケリって読んでたよ」「僕もだ」(マブダチかも…)画像:Business Finland
そんなこともあって、当時のノキア・ジャパンでは、カタカナ発音でも怖くない!と心を強くした日本人が果敢に英語で話す場面が各所で見受けられました。その様子は、私が米国に留学していた時、ネイティブのアメリカ人に囲まれると声を上げるのにも精一杯だったのに、同じ留学生同士の非英語圏仲間となると、気持ちを大きくしていろいろ話せた日々と重なりました。
より良き発音を目指して
よく聞きながら観察していると、ローマ字読みのカタカナ発音をするフィンランド人は中高年層に多く、若い人達の中には一体どこで鍛えたんだろうと目を見張るようなきれいな発音の人が多い印象を受けました。この違いがどこから来るのかは、未だによくわかりませんが、良い発音を心がけているから、というのが一つの理由にあげられそうです。
フィンランド人の英語について、義姉に聞いたことがあるのですが、フィンランドも英語教育が、文法ミスの重箱の隅をつつく減点法で採点されていた時代は、英語に萎縮する人が多く、苦手意識も高かったのだそうです。歴代首相や大統領が話す英語も、例のカタカナ発音丸出しだと「国の恥」と嘆かれ、その世代以降のフィンランド人は、それなりに楽しく学ぶ努力を積み重ねてきたのだと。
↑フィンランド語訛りの英語を話すダース・ベイダー。「アイアムヨアファーデル!」
フィンランドの若い人達も最初から何もつまづかないわけではありません。長男(高3)とオンラインゲームをする仲間たちの中には、“Your turn!”(ユア・ターン=君の番だ!)を「ヨール・トルン!」、“Purple”(紫)をプルプルですとか、“I know”を「アイ・クノウ」と発音してしまう若者もいます。英語が好きで、英語でYouTube配信をすることを夢見ている次男(中1)でさえ、“Honestly(オーネスリー)”を「ホーネスリー」と発音して私に指摘されるなど、失敗も重ねながら英語を話し続けています(日本語もしゃべって!)。様々な例外的な綴りがある英語に対して「書いた通りに読まんかい」というフラストレーションを抱える同志としても、フィンランド人は日本人に近い仲間なのですよね。日本の皆さん、コロナが落ち着いたら、どうぞフィンランドに来て、地元の人達と英会話を楽しんでください!
靴家さちこ:(くつけ さちこ)フィンランド在住ライター。青山学院大学文学部英米文学科を卒業後、米国系企業、ノキア・ジャパンを経て、2004年よりフィンランドへ移住。共著に『ニッポンの評判』『お手本の国のウソ』(新潮社)、『住んでみてわかった本当のフィンランド』(グラフ社)などがある。
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