27.クリスマスに寄せて(vol.1)

毎年のことながら、あっという間に12月がやって来ましたね。11月の闇にそなえて気合を入れていたら、ブラックホールに吸い込まれて12月に放り出されたような気分です。今年はもう11月中にクリスマスの飾りからツリーまで飾っていて、後はプレゼントを買って、送って、ご馳走の準備をするだけ……と思ってホクホクしていたら、郵便窓口に並ぶ列の長さにギョッとしてしまいました。無事に間に合うのでしょうか、私?
靴家さちこ 2021.12.07
誰でも

異邦人のクリスマス

前菜のスモークサーモンやサラダなどから始まるフィンランドのクリスマス料理 Visit Finland / Jussi Hellstén

前菜のスモークサーモンやサラダなどから始まるフィンランドのクリスマス料理 Visit Finland / Jussi Hellstén

日本に住んでいた時、日本のクリスマスは西洋の国からの輸入品で、商業主義に利用された恥ずかしいイベントような気がしていました。キリスト教国でもないのに、12月のほんの一時期だけ異文化の神事を祝う後ろめたさのようなものも感じつつ、でも結局イルミネーションやケーキにつられて気分は浮き立ってしまうという。

このような気持ちは、多くの日本人が感じているようですね。私が高校生の時に米国に留学した時にも日本の家族や友達から「どう?本場のクリスマスは?」「豪勢なパーティーをするんでしょ?」と、期待感をこめていろいろ聞かれた記憶があります。

私も実は、絵本に描かれているようなご馳走を囲んでテーブルで楽しく談笑する自分の姿を想像していました。……が、8月から滞在していながら、その“談笑”の輪の中に入っていられるほどの語学力はまだついておらず、集まった親戚たちは、私の知らない話で大いに盛り上がっているという。そこにきて、私のホストマザーはとても信心深い人だったので、いつになくキリストと神と自分の関わりについて熱く語って涙するなど、無宗教の日本人には何ともいえないアウェイ感が募るイベントでした。

ウエーイ!と若者同士で盛り上がるのはピックヨウル(小さなクリスマス=忘年会)まで。イブのディナーは家族と実家で Visit Finland / Jussi Hellstén

ウエーイ!と若者同士で盛り上がるのはピックヨウル(小さなクリスマス=忘年会)まで。イブのディナーは家族と実家で Visit Finland / Jussi Hellstén

同じ留学経験者でもハッピーでメリーなクリスマスを体験した人も多くいるのではないかと思いますが、当時の私の留学仲間には「なんかさぁ、キリスト教徒じゃなくてごめんなさいねぇって感じ」とか「自分の家族がここにいないことが身に染みてホームシックになっちゃった」という人が多くいました。

フィンランドで初めてのクリスマス

このような苦い経験から、フィンランドで過ごす初めてのクリスマスには多少の覚悟ができていたのですが、今度はアメリカとは違うフィンランドのクリスマス文化に戸惑ったり、留学生としてではなく地元の人と結婚した外国人として参加するイベントの重みがのしかかってきました。

アメリカではターキー、七面鳥がメインですが、フィンランドではハム、つまり豚肉がご馳走のメインです。余談ですが、私はアメリカで、感謝祭に食べたばかりのターキーをクリスマスでも食べた時、その膨満感とパサパサの肉の食感に「これが毎年なんてムリ」と白眼をむいてしまいました。なのでフィンランドでは豚肉と聞いたときには正直救われたような気がしました。が、元舅が「5キロもある骨つきが理想」と語っていたのを聞いて、棍棒をにぎった原始人を想像してしまいました。北欧はワイルドだなぁ……と。

ベリー果汁がベースの北欧らしいホットドリンク、グロギ。美味しいけどノンアルコールが主流なので、ドイツのグリューワインみたいにもっと思い切りアルコールを入れるべきだと思っている。Visit Finland /Julia Kivelä

ベリー果汁がベースの北欧らしいホットドリンク、グロギ。美味しいけどノンアルコールが主流なので、ドイツのグリューワインみたいにもっと思い切りアルコールを入れるべきだと思っている。Visit Finland /Julia Kivelä

いずれにせよ、当時は1歳半の長男に、キラキラ光るクリスマスの電飾が見せてあげられることや本物の木を使ったクリスマスツリーを家の中に飾ること、そしてフィンランドには本物のサンタクロースが住んでいることなど、やはり「本場のクリスマス」に対する期待は、日々膨らんでいったものでした。

ところが、クリスマスの電飾が、アメリカだったら家の屋根にも上って、スノーマンだのトナカイだの、一般の民家がテーマパークのようにキラキラといろいろな色の光を放っているのに、フィンランドでは小さな白熱電球のつぶつぶが軒先にぶら下がっているだけとか、庭木にかかって静かな光を放つだけという、地味なものばかりです。

長年住むうちに愛着がわいてきた家々を飾る地味な……じゃなくてシンプルな電飾 Visit Finland

長年住むうちに愛着がわいてきた家々を飾る地味な……じゃなくてシンプルな電飾 Visit Finland

近所の家々の電飾を見るのを楽しみに散歩に出かけた私のテンションが下ったのを見て、元夫が「クリスマスはお祭りじゃない。フィンランドでは神聖なる行事にゴテゴテした飾りはしないんだ」とたしなめました。こうして私の予想通り、キリスト教国の本場の人と新参者の間で、ホームとアウェイのコントラストができてしまいました。

さらに難関だったのは、プレゼントを包む作業。サンタクロースがイブの日に運んでくるはずのプレゼントを、私が包んでいる姿を子どもに見せる訳にはいけません。やっと長男を寝かしつけたところでむっくり起き上がって、コソコソプレゼントを包みながら、不器用な手に紙やリボンで切り傷を作り、私は日本のあらゆるお店のレジで聞かれる「プレゼント用ですか」という質問のありがたみを改めて噛みしめていました。フィンランドでもデパートに行けばプレゼントの包装カウンターがあるのですが、その長蛇の列に並ぶぐらいなら、自分で包んだ方がはやい。圧倒的に自分で包む文化です。

包み続けて17年。今では職人のように手早く包めるプレゼント。時間とゆとりがある時には想いをこめて楽しめる作業でもある

包み続けて17年。今では職人のように手早く包めるプレゼント。時間とゆとりがある時には想いをこめて楽しめる作業でもある

クリスマスには、ツリーだけでなく家の中のインテリアも、クリスマス仕様にしなければなりません。カーテンにテーブルクロスも赤とかクリスマスがテーマの模様が入ったもの、窓辺にはキャンドルライトの電飾に、サンタクロースのお手伝いの小人、トンットゥをの形に切った赤い厚紙や、クッキングペーパーを折って切って作った雪の結晶を窓に貼るなど、クリスマスを盛り上げるアイテムは数限りなくあり、新参者はその一つ一つを目で見て学ぶんでいきます。

家族文化にとけこむまで

そのような表面的な側面は、見て知って実践するだけなのですが、私にとって一番の難関は、自分が所属することになる、地元の伴侶の家族のクリスマス文化に入りこむことでした。まず想定外だったのが、元夫の両親は離婚していたので、クリスマスイブだからといって一族全員が一か所に集まるわけではないということ。さらに元夫は40過ぎてから生まれた子だったので、義両親は私の祖父母とほぼ同世代と高齢で、既にクリスマスのご馳走を作って子どもや孫を家に呼べるような状態ではありませんでした。そこで、元姑は元義姉、元舅は私たちの家に招くことにしました。

フィンランドのクリスマスの主役は骨付きワイルドなハム   Visit Finland / Jani Kärppä & Flatlight Films

フィンランドのクリスマスの主役は骨付きワイルドなハム   Visit Finland / Jani Kärppä & Flatlight Films

ヨウルキンク(クリスマスハム)を一度も焼いたことがない元夫と私のために、義姉が3キロ級のものを焼いてくれて、前菜のロソッリ(赤かぶとニンジンのサラダ)から、ニシンのマリネとスモークサーモンに、副菜のじゃがいも、スウェーデン蕪、ニンジンとお米のキャセロールに至るまで、元夫が出来合いのものをスーパーで調達してきました。私はクリスマス料理を作ることからクリスマス文化に入って行きたかったので調子が狂ってしまいましたが、乳児を抱えて作るのは大変だったでしょうし、日本でだって既製品のおせちを買うこともあるしと思って、その時はただありがたがっていました。実際に、慣れないプレゼント包みに、これまたちっとも慣れない、夫のお給料で夫にプレゼントを買うという行為にも、思いのほか労力と時間がかかっていましたから。

それでもどうせ自宅でほぼ核家族で祝うのだし、乳児を抱えてのクリスマスなのだから、服装は楽でいいだろうと気楽に構えていたら、元夫は自分はスーツを着るので、私もピンクか赤で正装するべきだといいます。ドレスコードはかなりギリギリになってから判明したので、私は慌ててLindexで買って着たピンクのタートルネックの上に、マタニティーウェアに着ていた黒いウールのジャンパースカートを重ねました。

在住9カ月目にしてフィンランドになじみながらなんとか迎えたクリスマス。滑り込みセーフ感がハンパない。

在住9カ月目にしてフィンランドになじみながらなんとか迎えたクリスマス。滑り込みセーフ感がハンパない。

バタバタ走り回る私に容赦なく、クリスマスイブはやってきて、当日、元夫は元舅のために、クリスマスビールから食後用にコニャックまで用意してはりきっていました。はりきるのは良いことでしたが、家の空気がピリピリして、小さな衝突が何度もありました。元夫からは、若い頃アルコール中毒だったという元舅のせいでクリスマスが台無しになったエピソードを聞かされていたので、せっかくアルコール断ちできた元舅に飲ませていいのか気になりましたが、口をはさむ余地もなく当日を迎えました。

そこ笑うとこ?!

実際に元舅は、英語が話せないので始終フィンランド語で元夫と朗らかに談笑し、フィンランド語が通じない私にもつまらないギャグを飛ばしながら食事を楽しみ、無事にクリスマスディナーは終盤を迎えました。

そこで終われたなら、フィンランドで初めての素敵なクリスマスイブでした。その後、クリスマスツリーの下からプレゼントを取り出して渡し合いが始まった時、私はいつになく緊張していました。これまでにも元夫には誕生日などにプレゼントを贈っているのですが、あまり喜んでいる様子を見たことが無かったからです。

それでも長男のベビーカーを押して汗をかきながらゲットした元夫の目の色に合う青系のセーター2枚に、スワロフスキーの小さな赤いハートの置物には、移住してから自分のことでつい精一杯で、感謝よりも喧嘩することが多かった日々をふりかえって、ここで愛を形にして表そうという気持ちをこめて買って用意していました。

午後3時のとっぷり暮れたヘルシンキ。クリスマスの電飾は街を照らすためにあるといっても過言ではない。暗くなる前にケラヴァから電車に乗って、ベビーカーを押しながらプレゼント探しに通った。

午後3時のとっぷり暮れたヘルシンキ。クリスマスの電飾は街を照らすためにあるといっても過言ではない。暗くなる前にケラヴァから電車に乗って、ベビーカーを押しながらプレゼント探しに通った。

予想通り、元夫が包みから開けたセーターをつまらなそうに脇に置いたとき、私はあまり驚きませんでしたが、赤いハートの置物を包みから取り出した時、元夫が元舅に見せながら何か言うと、二人してゲラゲラと笑いだしたのには驚きました。当時私が理解しないフィンランド語で何と言っていたのかわかりませんが、何度も自分の目を疑い、大きく目を見張ったのですが、二人は確かに笑っていました。

既に夜も遅く、疲れて泣きぐずり始めた長男をあやしながらだったので、怒ることも、笑っている理由を問いただすことも、彼らを直視することもできずに、私はただ固まって床を見つめてしまいました。これも――こういうのもフィンランドの文化なの?

ただでさえ、セントラルヒーティングがきいた暖かい部屋の中でセーターを着て火照っていた顔が、ぼっと熱くなって汗ばむのを感じました。

……To be continued.

<b>靴家さちこ:(くつけ さちこ)</b>フィンランド在住ライター。青山学院大学文学部英米文学科を卒業後、米国系企業、ノキア・ジャパンを経て、2004年よりフィンランドへ移住。共著に『ニッポンの評判』『お手本の国のウソ』(新潮社)、『住んでみてわかった本当のフィンランド』(グラフ社)などがある。      

靴家さちこ:(くつけ さちこ)フィンランド在住ライター。青山学院大学文学部英米文学科を卒業後、米国系企業、ノキア・ジャパンを経て、2004年よりフィンランドへ移住。共著に『ニッポンの評判』『お手本の国のウソ』(新潮社)、『住んでみてわかった本当のフィンランド』(グラフ社)などがある。      

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