21. フィンランドの英語教育とその背景(vol.3)

フィンランドでは、2020年1月から小学1年生からの外国語の授業が義務化されました。それに伴い、プリスクールでも一日の活動の中に簡単な英語が取り入れられています。2016年の教育改革まで、フィンランドの就学前教育は「子どもに早期教育を押しつけない」方針だったのに、言語教育に関しては「鉄は熱いうちに打て」に流れが変わりました。今回は、これまで私がのぞいてきた小学校の英語の授業についてお話します。
靴家さちこ 2021.08.04
誰でも
Helsinkiから20~30分ほどのところにあるKerava駅

Helsinkiから20~30分ほどのところにあるKerava駅

3年生の授業:テレを許さないスピード感

私が初めて小学校の英語の授業を取材したのは2009年のこと。当時のカリキュラムでは、正式な英語の授業は3年生から、予算次第で各自治体や学校により1、2年生から英語に親しむ課外授業がありました。やってきたのは、ヘルシンキ郊外のケラヴァ市のA小学校。3年生から6年生まで全ての英語の授業を受け持つベテランの先生は、アメリカ人を伴侶に持つフィンランド人女性でした。まず見せてもらった3年生の授業は、26人のクラスを半分に分けて13人の生徒で展開。

先生は、教室に入ってきた生徒から順番にクイズ(小テスト)を与えます。このようにすると、すぐに取り組むことがあるから、他の生徒とふざけないでスムーズに授業に入る体制ができるのだとか。

教室の隅から隅までまで動き回る先生

教室の隅から隅までまで動き回る先生

生徒たちがクイズを終えたところで、先生が起立を促すと、クラス全員が声をそろえて英語で挨拶。次は宿題の確認。学校に関する英単語を、教科書の絵を見ながら、みんなで拾い上げて発表しました。それが終わると、Be動詞の歌のテープを先生が流し、クラス全員で歌います。続いて「今日は何曜日?」という先生からの問いかけから、一週間の曜日の名前のおさらい。先生は、フィンランド語と並べて英語を黒板に書き出しました。

続いて、教科書から20行ほどの会話文をクラス全員で音読。会話文には、かなりくだけた口語的な表現も多く含まれており、実用的です。先生は生徒達と、新しい単語を拾っては意訳し、読み進めていきました。意訳作業は、一人一人を順番に当てていくのではなくて、手が上がって反応がある生徒を中心に進められていきました。

続いて今度は”I’ve got……”の表現を含む歌を、テープに合わせて歌います。歌が終わると、先生は各机を歩いて回って、生徒の持ち物を手にしては”What have you got?(何をもってるの?)”と質問し、さらりと「消しゴムです」と答られた生徒、英語で「鉛筆」をド忘れして頭を抱えてしまう生徒、答えながら首と耳がみるみる赤く染まる生徒の姿も見られました。

クラス全員に指示を出しても、細かい指導やアドバイスはひとりひとりに

クラス全員に指示を出しても、細かい指導やアドバイスはひとりひとりに

上記の手順で45分間、休む間もなく生徒達を英語の世界に引き込み、教室の隅から隅まで動き回った先生の授業の最後は、宿題の通達でした。終業と同時に、先生は生徒一人一人に、小テストを返しながら一言ずつフィードバックを添えて教室から送り出しました。間もなく定年を迎えるベテラン先生の授業だったからでしょうか。生徒たちに一刻のテレる間も許さないほどの、スピード感が印象的でした。

5年生の授業:活発な男子と大人しい女子

続いては5年生のクラス。このクラスはなんと、男女別で2グループに分けての授業。別けた理由はなんと、男子生徒が活発すぎて女子生徒を圧倒してしまからだそうです。まずはその噂の男子グループの授業からみました。3年生と同様、教室に入るや否や先生から手渡されたクイズに取りかかり、全員が一段落ついたところで、起立と挨拶。取材者がいることを意識してか、照れ隠しにぶっきらぼうな棒読みをする子がいました。

5年生のクラスでも授業に一曲、必ず歌を取り入れているとのことで、その日の歌は、動詞の過去形の歌でした。11~12歳男子は歌うかしら?と思ったら結構みんな歌っていて、口を開かなかったのは一人だけでした。

すごい勢いでカツカツと黒板に書きつける男子たち

すごい勢いでカツカツと黒板に書きつける男子たち

続いては、教科書から動詞をみつけて現在形と過去形を黒板に書きだす作業。先生が、生徒に自発的に黒板に書くように促すと、あっという間に人だかりができました。押し合いへしあいしながら、黒板にカツカツと書きつける男子の熱意に圧倒。書き出された動詞の綴りを確認しながら、先生は、動詞の過去形の規則性を解説をし、不規則変化については「こういう困った動詞もあるのよ~」といって笑い飛ばしています。こんな風に文法を説明することについて、先生は「ゲームのルールを説明するようなものです。これが無くては遊べない」と子ども相手でも遠慮する必要はないという考えでした。

次に「今日は何曜日?」とクラス全体に問いかけ、曜日の話から入って、「ああ、金曜日ね、金曜日といえば?」「週末です」「週末といえば?何をしないでもいいのかな?」「宿題です」と生徒達と、続くところまで英会話。

再び教科書に戻ると、やはり18行ぐらいの会話文で、テーマはアメリカのサンクスギビング(謝肉祭)についてでした。やはり”awesome(かっこいい)”などの実用的な口語が入っており、さりげない会話を通して、アメリカ文化にも触れていました。

この英会話が弾む5年生男子の授業もあっという間に終了。5分休憩が終わって、女子の番がきました。先生が私に予告していた通り、男子たちと“全く”同じ内容で授業が展開されました。男子に圧倒される女子と聞いて、小さいのかと思ったら、みんな先ほどの男子より頭一個分ぐらい背が高くて、もうすっかり大人の風貌。それでも噂通り、とても静かでした。黒板に板書しに出てくるときもおっとりしていて、先生から発言を求められても間違いを恐れて言い淀む姿も見受けられました。精神年齢の高さの表れでしょうか。

しっとりと大人しい女子たち。授業内容は全く同じでも、少しアプローチが違う

しっとりと大人しい女子たち。授業内容は全く同じでも、少しアプローチが違う

先生は、「昔から語学の授業は女子の方が得意で積極的なはずなのに、この英語に対する男子の熱意はゲームからくるものらしい」と分析していました。フィンランド語版が無いから英語版で遊ぶしかないというゲーム環境がもたらせた怪我の功名。ゲーム……なんて恐ろしい子なの!

先生は女子たちに合わせて、先ほど男子たちと弾ませた英会話よりは、英語でクラス全員に語りかける分量を多くとっていました。また先生は、男子たちには、板書させた動詞を一斉に後ろを向かせて暗記させ、どれぐらい覚えたか競わせていましたが、女子たちには、席の近い者同士グループに分けて、知っている動詞の現在形、過去形を発表し合う場を与えていました。そのように生徒の性質に合わせたカスタマイズをしながら、同じ内容の授業をぴったりの時間内に収めてしまう手際の良さは、やはりベテランだからなのでしょうか。
数年後に私はまた、別の学校でベテランの腕前を見せてもらいました。次回はもう一人のベテランと英語の教科書の中身に迫ります。

……To be contined.

<b>靴家さちこ:(くつけ さちこ)</b>フィンランド在住ライター。青山学院大学文学部英米文学科を卒業後、米国系企業、ノキア・ジャパンを経て、2004年よりフィンランドへ移住。共著に『ニッポンの評判』『お手本の国のウソ』(新潮社)、『住んでみてわかった本当のフィンランド』(グラフ社)などがある。   

靴家さちこ:(くつけ さちこ)フィンランド在住ライター。青山学院大学文学部英米文学科を卒業後、米国系企業、ノキア・ジャパンを経て、2004年よりフィンランドへ移住。共著に『ニッポンの評判』『お手本の国のウソ』(新潮社)、『住んでみてわかった本当のフィンランド』(グラフ社)などがある。   

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