9.北欧は「幸せな国」なのか(vol.2)

2018年から3年連続「世界幸福度ランキング」で世界一の座につき続けているな幸せな国フィンランド。この国で在住17年目を迎えているものの、日本人である私は日本の幸福度も気になります。日本はなんと、2018年の54位、2019年の58位からさらに4位後退し、2020年は156カ国中62位と順位を下げてしまっています。一体なぜなのでしょうか?
靴家さちこ 2021.01.20
誰でも
出典:「世界幸福度調査」(ワールドハピネスレポート、World Happiness Report)の最新版『<a href="https://worldhappiness.report/" target="_blank">World Happiness Report 2020』</a>

出典:「世界幸福度調査」(ワールドハピネスレポート、World Happiness Report)の最新版『World Happiness Report 2020』

7つの評価項目:(国内総生産、実質)、社会的支援、健康寿命、 人生の選択の自由度、社会的寛容さ、社会音腐敗度と  7)ディストピア(全項目が最低である架空の国)との比較 <br>

7つの評価項目:(国内総生産、実質)、社会的支援、健康寿命、 人生の選択の自由度、社会的寛容さ、社会音腐敗度と  7)ディストピア(全項目が最低である架空の国)との比較 

「幸せですか?」という問いかけに

「世界幸福度ランキング」のためか、近年視察コーディネイトやオンラインイベントのお仕事でお話する機会があった日本人の方たちから「幸せ」に関してお問い合わせを受ける機会が増えています。そんな時、特に若い人たちの熱い視線に少し戸惑うこともあります。

高度経済成長期産まれでバブル景気の終わりに若者だった私がふりかえると、当時はあまり、「幸せ」などという大きすぎる概念を話題にすることは、ありませんでした。そんな私に「日本を離れてフィンランドに暮らしていて、幸せですか?」という問いが投げかけられるのです。

その質問に答える前に、幸福度調査をベースに日本とフィンランドを比べてみましょう。評価項目の7つのうち健康寿命では日本(3位)がフィンランド(29位)を上回っています。一人当たりGDPも、フィンランドが22位で日本が25位とそれほど差がありません。日本がフィンランドに大きく差をつけられた項目は、「人生の選択の自由度社会的寛容さディストピアとの比較でした。さらに幸福に対する主観的満足度の世論調査が足を引っ張っています。

ブータンはどこに行った

ところでこの幸福度調査についでですが、1月2日の『Forbes JAPAN』の記事では、測定方法に欠陥があることが指摘されています。その一つは西洋と東洋では幸せそうな「笑顔」の定義が違う(つまり外から見える幸福度の測り方が違う)、二つ目は道教や儒教といったイデオロギーの影響で東洋の「幸福感」の定義が西洋とは違うことと、三つ目は幸福は主観に過ぎないので調査自体が常に欠陥をともなうものなのだそうです。それはそうだろう、という気もしますよね。

さらにこの幸福度調査ではブータンが提唱してきたGNH(国民幸福量)が指標に採用されておらず、西洋諸国の価値基準が多く入りこんできています。国連に国の発展を測る新しい価値基準、GNHを紹介した功績ある国、ブータンが実際に国連の「幸福度ランキング」ではふるわないのは、なんだか会社で上司に手柄を取られた部下みたいで物悲しいですね。

Timo Melantie / Vastavalo

Timo Melantie / Vastavalo

在フィンランド邦人が見つけた「幸せ」

日本とフィンランドという国同士の比較は、フィンランド在住邦人の私がお答えするとなるとどうしても私が自ら進んで日本から移住してきたというバイアスがかかりやすくなります。私はフィンランドに生まれ育ったフィンランド人ではないので、日本に置いてきたしがらみや日本人としてするべきことから解放された自由を「幸福感」と感じることも多いのです。

さらにフィンランド語のネイティブスピーカーではないことから、情報フィルターもかかりやすい。例えば今のコロナ禍も、政治家の言葉の細かいニュアンスや人々の反応までフィルターなしでダイレクトに入ってくる日本にいた方がより危なく辛く無力感を感じたはずです。

また日本では、毎日のメディアや目上の人たちの論調に「こんな〇〇な国は日本だけだ!」「この国はもう終わりだ!」という悲観的な煽りが強いのも、幸福度を下げる要因になりやすい気がします。実は「海外から学ぼう」というのもほぼ同義です。日本の人やメディアは海の外のキラキラまぶしい何かを追いかけてばかりいて、やがて疲れてしまうのではないかと、時折心配になります。

私以外の多くの在外邦人も思うところですが、日本人って意外と日本のことを知らなかったりするんですよね。そして、盲目的に「先進国」の方が何か優れているのだと信じこんでいる。日本人よりそういう国の人達の方が洗練されていて優しい人達だというイメージも持っている。それは本当にそうなのでしょうか?

フィンランドに限らず、海外に暮らしてみると、そのような固定概念が揺らぐ瞬間がたくさんあります。離れてみてやっとわかる日本の良さを発見した時、私たち在外邦人は距離を「恩恵」と感じることでしょう。日本人である私からは見えない日本の良さや良いイメージをフィンランド人から知らされて、ふっとお尻が10cmぐらい宙に浮いてしまうような「幸福」な瞬間を味わうこともあります。

Harri Tarvainen / Visit Finland

Harri Tarvainen / Visit Finland

フィンランド流「幸せ」のつかみかた

そんな在フィン邦人の私の目がとらえたフィンランド人の「幸せの秘訣」をお伝えします。まずキーとなる要素は個人主義。これが幸せを主観的に肯定的にとらえるのに良い働きをします。フィンランド人は良い意味でも悪い意味でもihmiset ovat erilaisiä(人はそれぞれ違う)」というフレーズをよく使います。

つまり個人主義なのですが、これは単に、どうせ人と自分は違うから自己中心的に好き放題をしても良いということではありません。主観的に自分にとって良いことは他人からどう思われようと構わない、と同時に他人の選択に対して自分がどのような意見を持つことは自由だけど、相手の意思も尊重しなさいよ、というようなニュアンスです。

私は一時期、この個人主義をベースに、さらにライフスタイルや学校教育が競争を廃する傾向があることもフィンランド人の幸福度に影響を及ぼしているのではないかと考えていたのですが、競争が無いというのは多分ウソです。

どんなにおおらかそうなフィンランド人でも親からの愛情を兄弟姉妹で分かち合い競い合いながら生きているし、親戚や友達の進路や就職先、住んでいる家の大きさや収入を自分のものと比べずに生きていくことはできません。が、比較はしても、自分の選択やありように納得すればそれでいい。それがどうやらフィンランド人の幸せの秘訣らしいのです。

フィンランドには自分自身の基準、つまり自分が何をもって満ち足りるかを知っている人が多いです。そしてその価値、基準も実にさまざまです。

Niko Laurila / Visit Finland

Niko Laurila / Visit Finland

例えばフィンランドの家屋は、それほど大きな豪邸はあまりありません。そして「掃除が大変だから」「冬の光熱費が高いから」「冬の暖房が二酸化炭素を排出するので環境に悪いから」という理由で、社会的地位が高く収入が十分あるのに好んで小さな家に住んでいる人たちがいます。

また「家族といる時間が減ってしまう」「残業と責任が増えるのが嫌」という理由で出世を望まない人たちもいて、その選択の根拠に「人は人、私は私」と考えるのです。日本だったら、はしごは差し出されたらのぼるものだと考えがちですよね?

でも原点にかえって、自分にとって大事なものをちゃんと守れるか。その問いかけにさえ納得すれば、無駄な競争や乗らなくてもよいチャレンジからするりと降りることができる。そんな風に自分の基準で、自分の選択をし、自分でそれに納得してしまえば、もっと幸せに、心穏やかに生きていけそうではないですか?

<b>靴家さちこ:(くつけ</b><b>さちこ)</b>フィンランド在住ライター。青山学院大学文学部英米文学科を卒業後、米国系企業、ノキア・ジャパンを経て、2004年よりフィンランドへ移住。共著に『ニッポンの評判』『お手本の国のウソ』(新潮社)、『住んでみてわかった本当のフィンランド』(グラフ社)などがある。  

靴家さちこ:(くつけさちこ)フィンランド在住ライター。青山学院大学文学部英米文学科を卒業後、米国系企業、ノキア・ジャパンを経て、2004年よりフィンランドへ移住。共著に『ニッポンの評判』『お手本の国のウソ』(新潮社)、『住んでみてわかった本当のフィンランド』(グラフ社)などがある。  

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