23. フィンランドの英語教育とその背景(vol.5)

読者の皆さま、お久しぶりです!「さて次回は、そんな息子たちを通して見てきたフィンランドの子ども達が置かれている英語環境について」お届けしますとお約束しておりました。ところが、9月1日に引っ越しをし、しばし身動きが着かない日々が続いており、大変失礼しました。このテーマ、今度こそ結論にたどり着けるのか。日頃からの観察と考察をパチパチと、暴走しないように気をつけながらまとめていきます!
靴家さちこ 2021.10.05
誰でも

英語の罵り言葉で遊ぶ子ども達

あれは8年前のトゥースラに越してきてしばらく経ったある日。道行く私の背後から、小学3~4年生と思しき少年の英語が聞こえました。

"〇ack you!"

おいおい、日本の子どもだって外国人を揶揄する時は「ハロー!」って挨拶するぜ……(※昭和時代の外国人が珍しい地域の埼玉育ち)と、お説教モードに入りながらふり向いたとき、もう一人の少年が何やら言い返していました。どうやら、私に対してではなく、フィンランド人の子ども同士のふざけ合いの中に、このようなこなれた英語の罵り言葉が使われていたようです。

「悪い子だねぇ……」と眉をひそめたものの、他にもぽんぽん出てきた英語の発音がきれいだったのには感心しました。日本であれば「ルー大柴!」と逆に引かれてしまいそうな英語らしい英語の発音で、実に堂々と使いこなしています。このように、フィンランド語会話の中に英語を挟む話し方は、あまりにも頻繁だとウザがられますが、嘲笑の対象にはなりません。この発音に対する大らかさは、日本にももっとあっても良いと思います。

フィンランド人の全ての子どもが英語の悪い言葉を使って遊ぶわけではありません。画像:Visit Finland

フィンランド人の全ての子どもが英語の悪い言葉を使って遊ぶわけではありません。画像:Visit Finland

「なぜ英語を学ばなければならないの?」

2009年に共著で出した本『住んでみてわかった本当のフィンランド』を書く時、私はとある英語の先生にインタビューをしました。

私は、中学時代に英語の先生に向かって「日本に住んでいる限り英語を話す機会もないのに、なんで英語の勉強なんかしなきゃならないの?」と食ってかかってきた同級生たちのことをふと思い出し、そういう問題は、フィンランドにはないのか、と聞いてみた。
『住んでみてわかった本当のフィンランド』

この私の質問に対して、先生は、

「そうねぇ、スウェーデン語だったら、そんな議論もあったかしら。英語でも『パパがそんなもの勉強しなくたっていいって言ってた』ってわざわざ言いにきた生徒がいたけど、お父様のご職業はトラックの運転手さんだったわ。確かに、英語は必要ないわよね」
『住んでみてわかった本当のフィンランド』

と答えました。フィンランドに暮らしていても、全てに職業に英語が必要、というわけではないのです。私の現在の職場も、障害者施設なので、英語よりもフィンランド語の能力の方がはるかに重要視されます。介護施設では、認知症とともにフィンランド語の能力をなくしてしまったスウェーデン語話者の入所者さんのために、スウェーデン語の知識が役に立つという話なら聞きますが。

映画やテレビが字幕の国

若い頃にグローバル企業に働き、十数年勤めたフィンランド人の元夫でさえも「国際的な業務を担当するまでは、英会話をしたことがなかった」のだそうです。英語圏への留学も、悩んでいる間に見送ってしまったそうで、フィンランドの外で英語を身に着けるチャンスはありませんでした。そんな彼でもかなりこなれた英語のスラングや言い回しを使いこなします。それは、彼が無類の映画好きで、テレビ番組も英語圏のコメディーショーを好んで見ていたのが役に立っていたようです。

そう、この英語の映画がフィンランド語字幕付きでかなり多くの本数がテレビで放映されるこの環境も、英語学習の大きな支えになります。外国から来たフィンランド語学習者は、英語を耳で聞いて字幕でフィンランド語を読んで学ぶことができる、一石二鳥な学習ツールです。

動画は資格と聴覚をフルに活用する無駄のない語学習得術 画像:Visit Finland

動画は資格と聴覚をフルに活用する無駄のない語学習得術 画像:Visit Finland

近年吹替が増えてきてしまってはいるものの、フィンランドでは、小学生以上の子ども向けの映画やテレビ番組にも英語圏からの輸入ものが豊富で、フィンランド語字幕がついています。この環境でテレビを見ていれば、嫌でも耳から英語が入ってくるし、そのうち字幕を読むのも煩わしくなると、耳が聞いた英語をそのまま理解したくもなる。インタビューした先生によると、字幕を読むためには相応なフィンランド語能力も必要なので、フィンランド語の読解力も身につくとのこと。これは無敵だと感じました。

ゲームがモチベーションに火をつけた

ところが、このようなインタビューをしている間にも時代は変わってきており、息子たちよりも7歳年上のフィンランド人の従兄は、ゲームから英語を身に着ける世代でした。2005年に小学生2年生だった彼は、ところどころビデオゲームから身に着けたと思われる"You win!"とか "Game over!"といった英語のフレーズを叫びながら、当時まだ1歳だった長男と遊んでくれたりして。日本のアニメも『とっとこハム太郎』が好きだという、国際化が進む時代の波にも乗っていました。

以下のハフポストの記事でも、英語の授業に熱意を燃やす小学5年生男子について書きましたが、彼らのモチベーションの源もゲームでした。外国語や外国文化に興味を示し、なじみやすいのは女子という既成概念が、アクティブで前のめりな男子たちに覆されたのは、この取材の時でした。

ハフポスト記事『フィンランド人は、どうして英語が上手なの?その理由を調べてみた』https://www.huffingtonpost.jp/2015/05/16/english-finland_n_7299252.html

ハフポスト記事『フィンランド人は、どうして英語が上手なの?その理由を調べてみた』https://www.huffingtonpost.jp/2015/05/16/english-finland_n_7299252.html

それから2年後の2011年には、我が息子達も任天堂Wii経由で同じ扉をくぐりました。息子達にゲームを買い与えるようになって初めて知った事実ですが、当時のゲームは何一つフィンランド語にローカライズされておらず、遊びたければ全ての英語を理解しなければなりませんでした。これは、ものすごいモチベーション、というか人参に馬です。パッカパッカ走らせる原動力でした。

ゲームの攻略法も英語で

それでも私はよく使われる"Excellent!"や"Perfect!"の発音がきれいになるくらいだろうと、そんなに期待していませんでした。ところが、ゲームはゲームの中だけに収まらないのですね。何としてでもゲームの難しい箇所をクリアして勝ちたい子ども達は、その攻略法なるものをYouTubeで検索して英語のものを見ているわけです。

私:「ゲームってするものじゃなくて、見るものなの?」

長男:「見るとどうやってクリアするかがわかるじゃん」

私:「日本の任天堂様のゲームなのに、英語のユーチューバーの解説見るの?!」

長男:「だって、アメリカ人の動画には最新情報が多いんだよ」

人口550万人の規模感

日本で人気のヒカキンをお勧めしてみても、息子達の反応は鈍く、フィンランド語の発達が一筋縄ではいかなかった次男には、せめてフィンランド語話者のコンテンツを見て欲しいと願い、長男にお勧めを聞いたら、「フィンランド語でコンテンツやってもチャンネル登録者数が増えないでしょ?だから良いチューバ―がいないの」だそうで。子どもながらに、フィンランドの人口550万人の規模感がもう身に備わっているのには参りました。

密かにユーチューバーになる夢を持つ次男は「たくさんフォローされるためには英語でコンテンツを作らなきゃ」と、日常生活でも英語で話したがります。この感覚は実はフィンランド独特のものではありません。音楽の世界でも、英語で歌われているヒット曲の多くが実は、英語圏以外のアーティストの作品だったりしますよね?毎年5月恒例の欧州の音楽の祭典「ユーロヴィジョン・ソング・コンテスト」においても、確実に上位を狙うためには英語の歌曲で勝負に出るべきといわれており、非英語圏代表でありながら英語で歌う出場者が多いです。

2021年ユーロヴィジョンのフィンランド代表Blind Channel 画像:EBU / ANDRES PUTTING

2021年ユーロヴィジョンのフィンランド代表Blind Channel 画像:EBU / ANDRES PUTTING

そうでなくても欧州は50ほどの大小の国々から構成される大陸です。母語が異なる国々に親戚縁者が散らばっている人も珍しくはありません。年に数回会う人達のために全部の国の言葉をやっていたらきりがない。英語で話してしまった方が手っ取り早いでしょう。フィンランドの場合、近隣の北欧国とも語族が異なるので、英語は大きな助けになります。

次回は、英語圏でもなく、英語とは異なる語族であるフィンランド語を母語としながらも“流暢に”英語を操るといわれているフィンランドの若者たちの英語の発音の実態に迫りましょう。

……To be continued. (やっぱり…)

<b>靴家さちこ:(くつけ さちこ)</b>フィンランド在住ライター。青山学院大学文学部英米文学科を卒業後、米国系企業、ノキア・ジャパンを経て、2004年よりフィンランドへ移住。共著に『ニッポンの評判』『お手本の国のウソ』(新潮社)、『住んでみてわかった本当のフィンランド』(グラフ社)などがある。  

靴家さちこ:(くつけ さちこ)フィンランド在住ライター。青山学院大学文学部英米文学科を卒業後、米国系企業、ノキア・ジャパンを経て、2004年よりフィンランドへ移住。共著に『ニッポンの評判』『お手本の国のウソ』(新潮社)、『住んでみてわかった本当のフィンランド』(グラフ社)などがある。  

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