16. 季節のスイーツが怖い訳(vol.1)

落語に「まんじゅうこわい」という演目がありますね。暇をもてあました町人たちが、それぞれ怖いものをいい合う中、「まんじゅう」と答えた男に嫌がらせをするために、男の部屋へまんじゅうをどんどん投げ込むという。それは実はまんじゅうをたらふく食べたかった男がしくんだ罠だったという。私はそういう賢い駆け引きは無しで、本気で怖いと思っています。カレンダーとともに追ってくるフィンランドの季節のスイーツを。
靴家さちこ
2021.05.12
誰でも

クリスマスから始まる

Jani Kärppä & Flatlight Films / Visit Finland :メインコースにハムを食べてハムのように育つ
Jani Kärppä & Flatlight Films / Visit Finland :メインコースにハムを食べてハムのように育つ

 フィンランドでスイーツを最も食べるシーズンはクリスマスだといっても過言ではありません。1月は多くのフィンランド人にとってクリスマス期間中の食べ過ぎを反省し、「今年こそはダイエットをするのだ!」と心に誓いをたてる季節です。

 「無駄なことは無駄」とバッサリ切り捨てる合理的なフィンランド人でさえも、世界標準並みに無駄な努力をするのだと思うと親近感が増すのですが、日本人の私にはお正月にお餅を食べる特別な使命があがるので、聞こえないふりです。それでも12月といわず、既に秋からお菓子売り場を圧迫していたクリスマスギルト用のチョコレート売り場がスッキリすると、見ているだけで痩せたような気がするほどせいせいします。

 12月一杯、ピックヨウルと呼ばれる忘年会にあちこち顔を出し、クリスマスツリーや飾りを引っ張り出してお祝いムードを盛り上げ、慌ただしくプレゼントを買い込んでは包んで、やっと迎えたイブにお腹いっぱいご馳走を食べたあと、大抵のフィンランド人は燃え尽きています。ジンジャーブレッド、星型のパイ、特に私の個人的な感覚ではチョコレート各種が怖い、二度と見たくない……気持ちになります。

Fazer: 恐らく世界一美味しいミルクチョコ、ファッツェル……もう1ミリも詰め込めないぐらい一杯に
Fazer: 恐らく世界一美味しいミルクチョコ、ファッツェル……もう1ミリも詰め込めないぐらい一杯に

フライングが誓いを打ち破る

 ところが、チョコレート売り場が無くなった1月のスーパーマーケットで油断して買い物をしている時に、うっかり見つけてしまうのです。ベーカリコーナーの一角に並ぶルーネベリタルトを。ルーネベリタルト(フィンランド語でルーネベリントルットゥ)とは、フィンランドの国歌を作詞した偉大な詩人、ユーハン・ルートヴィーグ・ルーネベリが愛したという、焦がしアーモンドとリキュールの香り豊かな焼き菓子のこと。これが一か月近くも早く消費者をあおるなんて、販促、じゃなくて反則です!

 ルーネベリタルトは、タルトというよりはマフィンをひっくり返したような円柱型で、アーモンドの粉と砕いたジンジャーブレッドとカルダモンを混ぜこんだ生地をこんがり焼いて作られた胴体のてっぺんに、丸くラズベリージャムをのせて、その周りを白いアイシングがふちどる装飾がほどこされています。

Visit Finland :1月から正々堂々とフライングをする憎いヤツ、ルーネベリタルト
Visit Finland :1月から正々堂々とフライングをする憎いヤツ、ルーネベリタルト

 お酒入りのスイーツは苦手、という人もいますよね。実は私も元夫もあまり得意ではないので、移住してから数年は誰も買わないから食べずに十数年過ごしていました。一度だけスーパーで売っているものと、カフェで、それぞれ試してみたのですが、おう、いぇい、甘すぎたり、酔いそうな匂いがしたり。

ところがこの情報化社会。SNSで手作りのルーネベリタルトの写真をあげている在フィン邦人の方がいて、なるほど、自分で作ればジャムやリキュール無しでできるのか……と思い、試してみたら子ども達ともども虜に。アーモンドの香りとバターがじわっと口の中に広がる時、こんなフィンランド人の新年の誓いを見事に打ち砕くパワースイーツを無視しようとした私はなんと甘かったのでしょうか。

あの白くて丸い食べもの

カレンダー通りだと2月に二種類もスイーツを食べることになるので、1月にルーネベリタルトを食べておくのはある意味正解。
カレンダー通りだと2月に二種類もスイーツを食べることになるので、1月にルーネベリタルトを食べておくのはある意味正解。

 ここ数年、北欧のスイーツが日本のメディアで紹介される機会が増えてきましたね。2021年2月のTwitterのタイムラインは日本からも北欧スイーツを紹介する投稿が盛んで、日本のロバーツコーヒーやiittalaカフェをはじめとする多くの北欧系カフェでの販売もありました。

 中でも一番露出が多かったのは、スウェーデン語で「セムラ」、フィンランド語では「ラスキアイスプッラ」と呼ばれる菓子パンでしたね。カルダモンを混ぜ込んで焼いた「プッラ」という丸いパンの上部を切り取って中身をくりぬき、ラズベリージャムかアーモンドペースト(マジパン)に、生クリームをたっぷり入れてからふたを閉じ、粉砂糖でお化粧したとても愛らしい食べ物です。ルーネベリタルト同様、北欧スイーツには欠かせない清涼感のあるスパイス、カルダモンが隠し味に使ってあります。

 こちらも私は実はカルダモンがあまりスース―すると、バターやクリームのこくを封じ込めてしまうので、カルダモンを少なめにしてオリジナルのプッラ生地をこねて焼くか、冷凍のオーブンで焼くだけのプッラを買います。そうすると市販のラスキアイスプッラよりも生クリーム大盛りにすることができ、本格的な背徳感を味わうことができます。嗚呼……。

スウェーデン語で「セムラ」、フィンランド語では……

Visit Finland:「セムラ、後ろ後ろ!」などとドリフごっこができるという意味では決して悪い名前ではない
Visit Finland:「セムラ、後ろ後ろ!」などとドリフごっこができるという意味では決して悪い名前ではない

 このラスキアイスプッラは、もともとはイースターの断食前に食べられていたお菓子で、1700年代のスウェーデンが発祥といわれています。それが1950年代にフィンランドで「ラスキアイスプッラ」として定着し、毎年2月の火曜日と日曜日の「ラスキアイネン」の日に食べます。

 その頃の北欧はちょうど冬至から1か月半も過ぎ、お日様が照らす日も出てくる頃なのでウィンタースポーツに最適な時期でもあり、フィンランドでは「スキー休み」とも呼ばれる冬休みの時期にあたります。ラスキアイネンの日には、子ども達はそり遊びをすることが奨励されており、思い切り身体を動かした後にラスキアイスプッラをいただきます。私も息子たちのそり遊びにつきあっていた頃は一つだけといわず、二つは必ず食べていました。

ビルベリーとリンゴンベリーのベリーパウダーを加えてアレンジした、フィンランドの森の恵みのラスキアイスプッラ。
ビルベリーとリンゴンベリーのベリーパウダーを加えてアレンジした、フィンランドの森の恵みのラスキアイスプッラ。

ラスキアイスプッラ

 今年はフィンランド国内のカフェでも、カスタードクリーム×チョコレートスプレッドや抹茶×あんこ×クリームというコンボが登場するなど、怖しい年でした。バリエーションがありすぎて食べても食べても終わらないラスキアイスプッラ。まんじゅうなんて目じゃない恐ろしさでした。

 ところで日本ではスウェーデン語の「セムラ」で定着しつつありますね。ラスキアイスプッラだと、呪文みたいで覚えにくいですよね。でも、北欧の中でもとりわけフィンランドを愛して下さるフィンランドファンの方にはがんばって「ラスキアイスプッラ」で覚えていただきたいと思います。

チョコでは盛り上がらないバレンタインデー

長い冬の闇を越えた後、生花に飢えていたフィンランド人は花より団子ではなく、チョコよりチューリップという感覚でもある。
長い冬の闇を越えた後、生花に飢えていたフィンランド人は花より団子ではなく、チョコよりチューリップという感覚でもある。

 日本でクリスマスの後に盛り上がるスイーツのシーズンといえば、バレンタインデーとホワイトデーですよね。特にバレンタインデーなど、あんなに美味しそうなチョコレートをなぜ男性諸氏に差し出さなければならないのか、ちょっとよくわからないイベントだと思うのですが、フィンランドでは「友達の日」です。

 友達の日は十数年前からじわじわ定着してきた、まだ歴史の浅い記念日で、チョコレートかチューリップの花束がプレゼントの定番です。チョコならクリスマスに飽きるほど食べたでしょう!というけん制が効くのか、プレゼントコーナーのチョコレートは控えめで、ハート型や輸入ものである以外にはそれほど目を引くものはありません。日本では意中の誰かさんに買うふりをして話題のチョコレートを自分用に買っていた私は、よほど強い意志でチョコをしりぞけたかのような錯覚に陥ります。が、そこで油断できないのがフィンランド。恐ろしい子なのです。

……To be contined.

<b>靴家さちこ:(くつけ さちこ)</b>フィンランド在住ライター。青山学院大学文学部英米文学科を卒業後、米国系企業、ノキア・ジャパンを経て、2004年よりフィンランドへ移住。共著に『ニッポンの評判』『お手本の国のウソ』(新潮社)、『住んでみてわかった本当のフィンランド』(グラフ社)などがある。  
靴家さちこ:(くつけ さちこ)フィンランド在住ライター。青山学院大学文学部英米文学科を卒業後、米国系企業、ノキア・ジャパンを経て、2004年よりフィンランドへ移住。共著に『ニッポンの評判』『お手本の国のウソ』(新潮社)、『住んでみてわかった本当のフィンランド』(グラフ社)などがある。  

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