20. フィンランドの英語教育とその背景(vol.2)
出典: EF EPI 英語能力指数<2020年版> https://www.ef.com/wwen/epi/
青いフィンランド、黄色い日本
EF EPI英語能力指数の地図と順位を見てみましょう。地図上の青い国は最も英語力が高く、そこから緑、黄色、オレンジ色の順番で英語力の低い国ぐにが色づけられています。
日本は黄色で55位。韓国の32位、中国の38位にも及ばず中の下です。このように低い英語力を指摘されると「だから日本の英語教育はダメなんだ!」と嘆いたり、「日本は島国だから」と孤独を感じたり、「日本は世界第三の経済大国だから英語を使う必要が無い」とふんぞり返ったり「そもそもなぜ日本人が英語を使わなければならないのか?」と逆ギレするのが――私たち日本人がよくとる行動です。
出典: EF EPI 英語能力指数<2020年版> https://www.ef.com/wwen/epi/
幼少の頃、 『アルプスの少女ハイジ』 や『赤毛のアン』などのアニメシリーズをテレビでみて育ち、大きくなったら英語をしゃべりたいと願っていた私が、英語を初めて学校で学んだのは中学1年生の時でした。5歳の時に父の仕事でタイに暮らし、インターナショナル幼稚園に通い、そのままアメリカンスクールに入学したかったのに日本人学校に入れられたという経緯もあったので、英語を学ぶ機会の再開は、心待ちにしていた瞬間でした。
当時は多くの同級生たちも、英語に多くの期待と高い志があったようで、アルファベットは少し習っただけでほぼ全員がすぐに書けるようになり、女子の多くは筆記体までさらさら書けるようになってしまいました。それがどうでしょう。教科書を音読するとなると、思春期の過剰な自意識が邪魔して、とても恥ずかしいのですね。それでみんな、わざとカタカナの棒読みをする。そのような空気を読めず、思い切り家で音読して練習してきた成果を出し切った私は「ガイジン」とあだ名され、英語の授業のたびにはやしたてられる憂き目に遭いました。
歴史が及ぼす影響
個人的な体験を書きましたが、当時の日本の英語教育の弱点は、新しい言語に対する生徒たちの精神的な壁だと感じました。日本の中学生は歴史も学ぶので、日本が敗戦国であり、その名残りで米国には頭が上がらない国だということも理解します。英語がいくら好きでも、ささやかな嫌米感情は私の中にも育ち、それでも高校生になってアメリカに交換留学した時には、「そもそもなぜ、私が英語を話さなければならないの?」という反発心がピークに達しました。
生まれた時から話す言葉がたまたま英語だったというだけで、米国人は英語ができない人の苦しみがわからない、そんなのズルい!――これは日本人独特の感情なのかと思っていたら、欧州からの留学生たちも「自分の国の言葉が国際共通語だったらなぁ」「米国人は外国語が下手ないくせに」と妄想したり反発している様子。歴史に関わらず、英語圏というメジャーな集合体に対するマイナー言語の話者が抱くコンプレックスや、英語学習者のなかなか上達しないジレンマからくる逆ギレは世界共通なようです。心の友よ!
「スウェーデン語嫌い」が愛国心?
日本人が英語に抱くような反発心を、フィンランド語を母語とするフィンランド人の若者が、スウェーデン語に対して抱くことを、私は長男が中学生になってから実感しました。フィンランドの学校でスウェーデン語教育を受けてきた大人たちからも良く聞く「日常生活でスウェーデン語なんか使わないし」「学校で文法を習っても話せない」は日本人にとっての英語のように聞こえます。このような大人たちの言葉を聞きながら育った青少年たちが、同じ意見を唱えるのは不思議なことではありません。フィンランドの歴史の始めがスウェーデンの支配下から始まり、わずか5%弱に過ぎないスウェーデン語話者が由緒あるお家柄であることも無関係ではないでしょう。
画像:Visit Finland スウェーデン語話者が多く住んでいる美しい旧市街の町Porvoo
7年生(日本では中学1年生)から始まった長男のスウェーデン語の授業は「やる気の無さそうな音読」がクールで、男女比べると女子の方が真面目に取り組んでいるということでした。これが、8年生、9年生になると「10段階評価の5を目指す(評点7以下は高校進学に差し障りがあるので取りたくない数字)」と豪語し、本気でテストで悪い点数を取ることを目指す男子がヒーロー扱いされるなど、あからさまになりました。「せっかく隣の国の言葉が習えるのに」「就職の機会も広がるし」「スウェーデンに旅行した時にしゃべりたいと思わないの?」と嘆く私に、長男は「英語で話せばいいじゃん」。そう来ましたよ。
私が通訳で参加したとある北欧国の会議の様子をふりかえり、「デンマーク人もノルウェー人もスウェーデン人もさっと挨拶してスウェーデン語で談笑している中、フィンランド人だけがポツンと立ってた」「気の利いたスウェーデン人が、ああごめん、みたいに英語に切り替えてくれてやっとフィンランド人が輪の中に入れて哀れだった」と語っても、ケタケタ笑って気にも留めない。これがフィンランド人魂というものなのでしょうか。
画像:Visit Finland 文法はゲームのルール。5~6年生はフィンランド語の文法も勉強する。
一方、長男世代のような恥の感情が芽生える前にと、1年早く小学6年生から始まった次男のスウェーデン語教育の成果には大きな違いが見られました。見覚えのある長男が7年生から使い始めた教科書とワークブックを、英語の教科書の2冊目ぐらいの感覚で、すいすい読む次男。英語の授業で習った文法も、ゲームのルールのような感覚でとらえており、スウェーデン語という別のゲームには違うルールでプレイし始めたというような感じで攻略中。なんだか楽しそうです。
因みに恥じらいという心の壁は、音によるものも大きいと思います。私がよく、イントネーションが無くて栃木弁のようだと形容するフィンランド語は、本当に日本語のように、抑揚がない言語です。日本人にとって、わざわざアクセントをつけて話すのが恥ずかしいように、フィンランド人にとっても、英語まではギリギリ我慢するとして、スウェーデン語のイントネーションの波は、すぐ隣の国だからこそ、インパクトが強いのでしょう。この感覚は、漢字というほぼ共通の文字まであるのに、日本人が隣国の中国語をいきなり聞いてもわからなさ過ぎて笑い崩れるのと似たような感じです。
最後にフィンランドの電車に乗って聞いていただきたい、フィンランド語とスウェーデン語の地名(駅名)の違いを記します。
画像:VRフィンランド鉄道 フィンランド語、スウェーデン語と英語の3か国語の車内アナウンスが流れる電車
フィンランド語:Kerava (ケラヴァ)→スウェーデン語:Kervo (チャールヴぉー)!
フィンランド語:Tikkurila (ティックリラ)→スウェーデン語:Dickursby (ディックスぶー)!
フィンランド語:Pasila (パシラ)→スウェーデン語:Böle (ぶぉおーレ)!
地名までもが2か国語表記なら住んで居るだけでもバイリンガルになれそう、なのかと思ったら、音の違いとインパクトの強さに歯を食いしばって耳を開かなければなりません。ちなみに、私の住む自治体Tuusulaのスウェーデン語名も公表しましょう。Tusby (とぅーすブー)!です。HelsinkiがHelsingfors (へるしんふぉーるシュ)なんて、まだかわいい方ですよね。
次回はさらに、フィンランドの小学校の英語の授業に取材、視察同行した時の観察録をお伝えします。
……To be contined.
靴家さちこ:(くつけ さちこ)フィンランド在住ライター。青山学院大学文学部英米文学科を卒業後、米国系企業、ノキア・ジャパンを経て、2004年よりフィンランドへ移住。共著に『ニッポンの評判』『お手本の国のウソ』(新潮社)、『住んでみてわかった本当のフィンランド』(グラフ社)などがある。
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