12.「ワークライフバランス」の秘訣
Harri Tarvainen / Visit Finland
「オツカレサマ」をいいながら走る
私が初めてフィンランドのワークライフバランスについて記事を書いたのは2014年のこと。HUFFPOSTに執筆した『午後4時に退社? フィンランド人が徹底的に効率よく働く理由とは』という記事は、フィンランド大使館のTwitter公式アカウントに紹介され、多くの方からご好評をいただきました。
当時はフィンランド在住10年目。日本から飛んできたばかりの高揚感も無く、改めて残業をしないフィンランド人の仕事観と、同じようなライフスタイルを手に入れることで日本人が何を手に入れ何を手放すことになるかという視点で書きました。
同記事には、私がかつてノキア・ジャパンで見た、遅くとも18時には「オツカレサマ」をいいながら走り去るフィンランド人、残業する日本人従業員に帰宅を促すフィンランド人上司に、残業を「効率が悪い」と忌み嫌うフィンランド人とのやり取りを書きましたが、今でも記憶に鮮明に残るカルチャーギャップです。
16時に退社するために
フィンランド人が退社時に素早く消える理由のひとつに、フィンランドでは24時間制の保育園が少なく(首都ヘルシンキでも6か所だけ)、一般的に保育園の閉園時間が17時というものがあり、小学2年生までを預かる学童保育も16時までと、子育て家庭はもう、絶対に守らなければならない時間があります。
定時ぴったりに退社するためには、朝早くから前倒しで業務に取りかかる人も多く、朝早く起きるために平日の夜は22時、遅くとも22時半には就寝する人が多いです。お昼ご飯も短時間で済ませてしまうことも。就業時間を8時間きっちりで納めるためにはテキパキと無駄を省き、より効率の良い方法を考えねばならず、これはこれで結構慌ただしいものです。
Calliola / Visit Finland
残業は誰がする?
子どもが居ない人や独身者なら急がないのでは?と思われるかもしれませんが、残業には残業代が派生するものなので、上司と合意してから着手すべきこと。長時間働いたところで、集中力が薄れ、頭も冴えないし、翌日に差し支えるので、さっさと帰って仕事のストレスを取り払わなければ、という感じ。まるで次のアポイントメントがあるかのような勢いで退社します。
ではフィンランド人が残業を全くしないのかといえば、そういうわけでもなく、どうしても守らなければならない締め切りや、顧客のために頑張らなければならない日もあります。管理職は責任に見合った対価を得ているのだから、時間外勤務も当然というプレッシャーがつきます。
一般企業に勤める私の友人など、上司がもたもたしていて承認が下りなかった案件は放り出して退社し、上司に大激怒です。会議中に居眠りする人は、自分の睡眠時間もコントロールできないだらしない人とみなされます。
定時上がりが早めの出社になる仕組み
現在私は、自閉症専門施設で指導員として働いています。いわゆるシフト従業者なので8時に出社して16時に退社という働き方はしていませんが、午後13時から21時までの午後番は20時40分に出勤してくる夜勤の人に申し送りがあるので、その時間を守るとおのずと定時に上がれます。
申し送りも特別細かく話し合う必要が無ければ20時45分には「良い夕べを!」と挨拶しながら、それぞれの車に向かいます。初めは15分も早く帰れることに驚き、満面の笑みで帰宅したものです。が、そのためには入所者さんの記録を書くにも手早く、場合によってはその日のうちにやるべきことも途中で投げ出さなければならず、不完全燃焼で帰宅することを辛く感じるようになりました。
そうすると、すっきり家に帰りたい一心で、今度はちょっと早めに出勤するようになってきます。仕事ができるベテランの様子を見ていても少なくとも5~10分前には作業着に着替えて、同僚と雑談しながら着席しています。早めに来た分は手当がつきませんが、良い仕事をしてすっきり帰りたければ、そうするしかありません。残業せずに早く帰って、早く寝る人達は頭が冴えていて、会議の時間も活発に発言し、寝不足から仕事の質が落ちることもありません。
Business Finland
残業を忌み嫌う働き方
先輩の仕事のやり方を見よう見まねで身に着けながらも、たまたまいろいろ重なって、たまってしまった業務を終えて、就業時間を20分オーバーしてしまったことがありました。挨拶して帰ろうとすると、私より1時間遅くまでのシフトだったエストニア人の同僚から「そんなにやることがあったんだったら私に残して帰ればいいのに!あなたの働き方、嫌いよ!」と怒られてしまいました。
職場には彼女を含むエストニア人2人とハンガリー人と、私以外にも外国人が働いているのですが、特に旧ソ連時代の厳しい学校教育を受けてきたエストニア人勢は、フィンランド的な無理をせず、業務時間内に終わらなかった業務は翌日に残して帰宅する働き方を、日本人の私と同じぐらい気持ち悪く感じています。が、他の人が守っているルールや暗黙の了解は守ることをきちんと徹底しているのです。
一方、ハンガリー人の同僚は完璧主義なので残業します。申し送りの時間になってもパソコン入力を続ける彼女に、エストニア人より温厚なフィンランド人でさえも、いらだちが隠せず、あきれ返っている模様。一人だけ働き過ぎる人がいることで、協調性や平等が崩されることがとても気持ち悪いようです。「退社時間の遵守は自分のためのみならず」これが最近、私が改めて学んだフィンランドのワークライフバランスの基礎です。
Aapo Laiho / Visit Finland
アフター4はゆっくり楽しめるのか
フィンランド人は16時に退社したら、ジョギングやジムにヨガなど、身体を動かすウェルネスを楽しむ人が多いです。私もそうでしたが、フィンランド人と国際結婚した日本人がまず驚くのが、「ただいま!疲れた。走りに行ってくる」といって、伴侶が着替えてジョギングにでかけてしまう現象。
そればかりか、手間ひまかけて美味しい夕食を作って待っていたら「こんなヘビーな食事ではこのあとの運動に差し障るから、もっと軽いものにして」というリクエスト。心が折れそうになるのですが、慣れてしまえばサラダやスープのようなものでも良いから楽ですし、子どもがいればさっと食べさせ、習い事に連れて行かなければなりません。人口が少ない国なので、習い事ができる場所も限られており、車での送迎は必須です。
子どものみならず、大人のためのバレエや水泳、体操競技、コーラスや陶芸や外国語、狩猟にキャリアアップのための勉強など、習い事や趣味の幅はとても広く、実はアクティブなフィンランド人。仕事が趣味という人もいて、家でもラップトップを開いて仕事の続きをしたり、副業に精を出す人もいます。
家でのバランスの取り方
ワークライフバランスのとり方は人それぞれですが、家で仕事ばかり、育児の戦力にならずに趣味にかまけてばかりという人は、トラブルの原因になります。家の中で夫婦が過ごす時間が長い分だけ、50%ともいわれる離婚率の高さにも貢献してしまうという見方もあります。
ここまで書いてしまうと、「ワークライフバランスって怖い」と恐れてしまう方もいらっしゃるかもしれないですね。『暮らしと私と北欧とvol.6』(宝島社)の取材で得られたヒントも書いておきますね。
「夫と話すことがなくて将来が不安です」という日本の読者のお悩みに対して:
「会話が無くても何か一緒にできるものがあればいいのでは?散歩したり、映画を観たりするとか」というフィンランド人女性からのアドバイス。なるほどシャイでスモールトークが苦手なフィンランド人らしい、シンプルな解決策だと思うのですが、いかがですか?
靴家さちこ:(くつけさちこ)フィンランド在住ライター。青山学院大学文学部英米文学科を卒業後、米国系企業、ノキア・ジャパンを経て、2004年よりフィンランドへ移住。共著に『ニッポンの評判』『お手本の国のウソ』(新潮社)、『住んでみてわかった本当のフィンランド』(グラフ社)などがある。
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