7.暮らしとデザインとの関係
(c) Iittala-Arabia & Helsinki Marketing :フィンランドにある湖の形や白樺の根本付近の断面のフォルムがモチーフといわれているiittalaのアアルトコレクションは、世界で最も有名なガラス作品の一つ。
まず名前が難しい?
まず少し、私とフィンランドデザインとの出会いについてお話しましょう。初めてフィンランド出張にでかけた1999年の11月。同じ部署の先輩に、フィンランドに行ったら何を買うべきか、アドバイスを求めました。ちょっと首をひねって、彼女が勧めてくれたのはMarimekko(マリメッコ)。私は早速「マリコメッコ」と覚え間違え、同じ部署の年配の方から飛ばされた「Iittara(イッタラ)に行ったら?」という親父ギャグに当惑し、「Arabia(アラビア)の食器もいいよ」と勧められて、フィンランドって北欧だよね?と地図を二度見するなど、大変な騒ぎになりました。
Arabiaは、その後、ヘルシンキのアラビア地区に工場があることがブランド名の由来だと知って納得しましたが、このように名前を覚えることだけでも近寄りがたく感じられることもあるかもしれませんね。北欧デザインなんて、デザイナーや作品の名前や特徴をすらすらいえるオシャレな人たちのもの、私も当時はそういう距離感を持っていました。
しかし、どうしたことでしょう。フィンランドとの交流が増えるにつけ、湖の形を模したアアルトベースや、ホテルのビュッフェで無造作に積み重ねられたアラビアのマグカップのレトロな配色に、じわじわと温かいものを感じるようになりました。デザインの装飾に自然。「この国には自然しかないからね」と、謙遜したり皮肉ったりしながらも、やっぱりその豊かさと美しさを誇りに思っているフィンランド人の心が伝わってくるからでしょうか。
(c) Helsinki Marketing : 鮮やかな色と大胆な柄がひきつけるMarimekkoのテキスタイル。個性豊かなデザイナーたちが生み出す様々なパターンとカラーバリエーション数々に、誰もがお気に入りを見つけてしまう。
ちょっとツンデレな感じ?
それでもマリメッコは、理解するまで少し時間がかかりました。まずあの代表的なウニッコ柄は芥子(けし)の花で、芥子の花はフィンランドではそれほど一般的な花ではありません。特に花柄といえば、私は欧州の伝統的な小さな繊細な柄が好きで、フィンランド人というとシャイで繊細な人達というイメージもあったので、思わずマリメッコ取材の時に個人の違和感をぶつけてしまいました。
「デンマークやスウェーデンまでは小さな花柄が見られるのに、フィンランドはどうしたの?」と。
マリメッコの広報担当の方は、まず、フィンランドは独立100年にも満たない(2020年現在では独立103周年)歴史の短い国だということ、ゆえに、伝統の小さな花柄を引き継ぐよりは、大胆でモダンなこれからの時代の象徴をデザインで表現してきたのだと教えてくれました。
「それに、あなた。この国の一年の半分は秋と冬で暗いじゃない。その間に私たちは明るい色が見たいのよ!」と。
当時フィンランドで何回かの冬を越していた私は、この説明が腑に落ち、それ以来、外が暗くなると用が無くてもマリメッコの店に足を運ぶようになりました。そして自宅のカーテンもマリメッコの布で作ってつけようと提案したら、元夫から却下されてしまいました。
当時の我が家にはアアルトベースも、オイヴァトイッカの鳥や他のイッタラのガラス器も飾ってあったので、「ここにマリメッコのカーテンがあれば、ますますフィンランドに住んでいる気持ちが盛り上がるのに」と食い下がったら、「君たち日本人だって、全部屋に畳をしきつめ、ふすまや障子をつけたりしないだろう」と言い返され、ぐうの音も出ませんでした。インテリアで表すフィンランド愛もほどほどが良い、ということなのでしょうか。
Photo: Jenna Pietikäinen (c) Helsinki Marketing : 曲げ木加工のゆるやかな曲線がやさしいArtekの家具にMarimekkoのUnikko柄のクッションを添えるだけで部屋のフィンランド度がぐっと盛り上がります。
デザインとの距離の縮め方
私がフィンランドのデザインやインテリアについて取材、執筆をするようになったのは2006年のことです。この国にはデザインや建築の勉強をしたり、お仕事で活躍されている日本人の方もいるので、私のようなものが取材に行っても見るべきものが見られるのか、言葉にして発信できるものなのかと、指が凍る思いで書いておりました。バカがつくほど正直な性格も手伝って、「私のような素人でうまく書けるにはどうしたらいいでしょう?」と取材先にアドバイスを求めてしまった時もあります。
そんな時、北欧フラワーデザインの先生と、ヴィンテージ食器店のオーナーとカメラマンさんから得た言葉は、とてもシンプルで基本的なことなので今でも忘れることなく私の胸の中にしまってあります。
「まずあなた自身がそれを美しいと思うか思わないか、自分の意見を持つことが大事なのよ」
このように好きなデザインを知ることは、自分を深く知ることにもつながります。キラキラしたセンスがある人と比べてしまうとつい、「私がデザインなんて」……と気後れしてしまいそうですが、遠慮はいりません。フィンランドでは適当な服を着たヒゲもじゃのお爺さんでも「このランプは不細工だな、あっちの方が美しい」などとハッキリ自分の意見を表明します。
Photo: Aku Pöllänen:ヘルシンキで人気のアンティークショップFasaaniのガラスケースを彩るオイヴァトイッカのバード。
インテリア取材では、セカンドハンドショップや蚤の市を活用して中古で安く手に入れる、フィンランド人らしい生活の知恵も学びました。しかしこれには、お財布にやさしくてもモノが増えやすいという難点もあります。とあるデザイナーさんのお宅を取材した時、部屋のアクセントに飾られているものは大きく、かつとても少なかったことをふりかえると、厳選するストイックさもまた技の見せどころなのでしょう。
また一つ、私の最近の気づきをシェアしておきますね。「北欧では天候が悪いので、家に居る時間が長いから美しいインテリアの家が多い」という説がありますが、あれはどうなのか。
確かにフィンランドは外食すると高く、消費文化も日本ほど強くないので、ショッピングに費やす時間も長くはありません。仕事も定時に上がれて、授業時間も世界一少ない。でも、家の中にいると気が滅入るので、結構まめに散歩やジョギングに出る人が多いのです。スポーツが盛んな国なので大人も子ども達も習い事で出かけまわる日も多いし、週末にコテージに出かける人もいます。そうすると、家に居る時間がそれほど多くない中で、掃除の手間も省くという生活の知恵が働きます。シンプルで美しい住空間は、暮らしやすさの面でも理にかなっている、というわけなのですね。
靴家さちこ:(くつけさちこ)フィンランド在住ライター。青山学院大学文学部英米文学科を卒業後、米国系企業、ノキア・ジャパンを経て、2004年よりフィンランドへ移住。共著に『ニッポンの評判』『お手本の国のウソ』(新潮社)、『住んでみてわかった本当のフィンランド』(グラフ社)などがある。
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