22. フィンランドの英語教育とその背景(vol.4)
小学3年生用の英語の教科書。読本とワークブックに分かれている。
やはり、テレるスキを与えない
視察の同行通訳で出会った、もう一人の英語のベテラン先生は、ヘルシンキから50キロ強北上した郊外の小中一貫校にいました。恰幅が良く、低く大きな通る声でハキハキと授業をさばく先生は、英国仕込みと思われる流暢な英語を話します。が、手短な指示を出す時以外、生徒とのコミュニケーションはフィンランド語でした。
この先生は、小テストは行いませんでした。生徒たちには決まった席に着くようにと指示をするだけ。全員そろうまでに多少の私語があっても気にせず、クラスに全員いることが確認できると、生徒たちを起立させて挨拶。
前回の授業で学んだ内容のふりかえりをフィンランド語ですると、早速、宿題の答え合わせに入りました。順次生徒を指して、答えをいわせると、プロジェクターに映し出した紙に書きだし、スクリーンに投影させます。適宜解説を入れながらも、テンポが早く、生徒たちに私語をするスキを与えません。リーディングも、生徒ひとりひとりを指しながら、一文一文対訳させるというもの。歌やビデオなど、適宜メディアも駆使して、生徒たちの目や耳をひきつけることには成功していますが、あまり英語圏らしい盛り上がりが感じられませんでした。
フィンランドからでも世界の扉を開く言語は英語。
意外と普通な授業
「てか、普通……」と大雑把な感想が頭をよぎった時、それは、私がフィンランドの小学校の英語の授業に慣れてしまったからだと思いました。が、葛藤をかみ殺しながら観察を続けていると、隣で視察していた日本人の先生が、そそっと寄ってきて「なんか……普通ですね」と、仰るではありませんか。
以前に取材させてもらった先生と同様、この先生からも、外国語を学ぶ時特有のテレや冷やかしを生徒たちに許さない、毅然とした態度は感じとれたましたが、確かにこれといってスーパーミラクルな授業をしているわけではありません。あえて褒めるなら、英語圏文化特有の軽快な盛り上がりが無いおかげで、楽しく学ぼうなんて甘い、他の教科同様に地道にコツコツ勉強するのみ、という強固なメッセージが伝わってくるところ。生徒たちがいつものフィンランド人のトーンのままで英語を学べる点。それでいて、先生の発音はフィンランド訛りが一切感じられない美しいものなのでした。
自然な会話を学びながら、場面が変わるにつれて語彙数が増えていく普通の英語の教科書。
少し話がそれますが、フィンランドの教育機関に視察にいらした日本の先生方は、フィンランド人の先生たちの、その取り繕わなさに驚くことが多いです。「さぁ、今日は日本からのお客様がいますよ」の一声から始まって、生徒たちと一緒に日本に関する質問をするなど、いろいろ試みる先生もいれば、後ろに席だけ用意して、いつもの通りのありのままの授業を展開する先生もいて。それぞれの先生が、それぞれ良いと思ったことを実践しているだけなのですが、そういうシンプルさに、ほっとしたり、がっかりしたり、心打たれたり……日本の教育関係者の方々の反応もいろいろで、見ていて考えさせられます。
教科書いろいろ
さて、いろいろといえば、フィンランドの学校で使われている英語の教科書もさまざまです。
実は、初めての英語の授業の取材の時、授業が始まる前に職員室でケーキをご馳走になったのですが、そのケーキはなんと、教科書会社からの差し入れでした。そして、職員室の一角にはカラフルな書籍が十数冊も飾ってある机があって、それが全て英語の教科書の見本だったのです。
英語の先生は「教科書を決めるのは私達教師ですからね。こういうかわいい“賄賂”もあれば、レストランで接待を受けることもあるのよ」と得意げに教えてくれました。なんて腹黒い……と思ったら、そのようにして、教科書会社は現場の先生たちから直接フィードバックを集めているのだそうです。しかも、教科書は英語のみならず、どの教科でも、現役の先生たち数名が執筆にあたります。それなら生徒に限りなく近い良書が出来上がるはず、ですよね!
職員室に一時的に展示されていた英語の教科書の見本コーナー。
実際に、初めての取材でお邪魔したクラスの先生が使っていた教科書の内容は、一章がアイルランド、二章がスコットランド、 三章がアメリカ、四章がカナダ、五章がウェールズといったように英語圏の国別に分けられていました。そして、フィンランド人の一家が、それらの国々を旅しながら、地元の人達とそれぞれの国の文化について英語で話し合う設定。イラストも豊富で、本当に英語一つ学ぶとこれだけの世界とつながれるのだなぁと思わせる、モチベーション揺さぶられる一冊でした。
他の教科書もじっくり見てみたい、と希望した私はサンプルの教科書を一冊、お土産にいただいたのですが、それはイマイチでした。何人かの登場人物による自己紹介文から始まり、会話が中心の実用的な教科書でしたが、章ごとに数字や色の名前がテーマになっているありきたりなスタイルです。日本の教科書や英会話教室のテキストでも普通にあるタイプなので、私に目新しさが感じられませんでした。
小学3年生向けのワークブックの内容。数字と比較級を使った会話文、身体の部位など。
長男が3年生になって、やっと英語の授業が始まった時、私は、息子の教科書が先の英語圏の国々を旅する教科書だったらいいなと期待していました。ところが、長男が家に持って帰ってきたのは、小さな緑の男の子の人形が主人公のストーリー。男の子が住む家の家族のメンバー紹介やら、家の中のものを表す単語から、公園や学校、海にでかけるとその場面ごとに語彙が増えてゆくスタイルで、生き生きとしたイラストが描かれているページの数々は、めくっていて楽しいのですが、ストーリー的には、なんとこの緑の子、最後に人間になるのです。……なんだ『ピノキオ』のパクリじゃない?!
期待を裏切られたショックで、つい大人気ない発言をしてしまいましたが、長男も、その5年後に3年生のなって英語の授業が始まった次男も、この偽ピノキオの話が結構面白いと、気に入って読んでました。歪んでいるのは母だけだったみたいですね。
さて次回は、そんな息子たちを通して見てきたフィンランドの子ども達が置かれている英語環境について、お届けします。
……To be continued.
靴家さちこ:(くつけ さちこ)フィンランド在住ライター。青山学院大学文学部英米文学科を卒業後、米国系企業、ノキア・ジャパンを経て、2004年よりフィンランドへ移住。共著に『ニッポンの評判』『お手本の国のウソ』(新潮社)、『住んでみてわかった本当のフィンランド』(グラフ社)などがある。
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