19. フィンランドの英語教育とその背景(vol.1)
スウェーデン語(中央)と英語(下)と似てなさ過ぎて悪目立ちするフィンランド語(上) Finnavia
英語が通じる北欧は偉い?
フィンランドに限らず、「北欧では英語が通じる。誰でも英語が話せる」という話をよく聞きます。世界の共通語は英語なのだから話せて当然なのでは?と思われるかもしれませんが、私がかつてフランスに旅した時、最初は英語で対応してくれた惣菜屋の店主に「Yesじゃなくて、Oui (ウイ)といって」といわれた時、「お、おう」と思いました。ドイツの駅で、清掃員に出口を聞こうと英語で話しをかけ、「カイン・エングリーッシュ!(Kein Engliiiisch!)」と怒鳴られた時、思わず走って逃げてしまいました。「誰だよ、英語さえ話せれば世界に羽ばたけるっていったヤツは!」と頭を抱えた19歳。私はそれ以来しばらく英語圏以外に行きたくないと身を固くしたのでした。
英語はもちろん、マルチリンガルに世界中の子ども達と話ができるフィンランドのサンタさん Visit Rovaniemi
その私が、英語を使う機会が多い職場を求めて点々とし、たどり着いたのが1999年末のノキア・ジャパンでした。当時の様子を私はかつてハフポストの以下の記事で綴っていまます。
■英語が公用語? と間違えられるほど高いフィンランド人の英語力 さかのぼること15年。私が勤務していた2000年当時の携帯通信機器メーカー、ノキアでは社内の公用語が英語だった。ときおり頭上を飛び交うフィンランド語の不思議な響きに驚くものの、仕事上フィンランド語を習得する必要性は感じなかった。
初めてフィンランド南西のサロという町に出張に出かけた時に、工場の職員ですら英語を流暢に操るのには驚いた。バスの中でも「日本から来たの? 私の息子もノキアでね……」と初老の女性達から英語で話しかけられ、ぶらり入った街角の手袋屋さんでやっと、初めて英語が話せないお婆さんに遭遇した。
ヘルシンキの蚤の市でも、シンプルな英語でガンガン攻めてくる人との交流が楽しかったりする。Visit Helsinki
蛇足ですが、ここでスゴいのはこの手袋屋のお婆さん。フィンランド語ができない私を相手に呪文のようにフィンランド語で話し続けて、ついには高級革手袋を買わせてしまいました。この方のコミュニケーション能力の高さといったら恐るべし、です!
「英語だけでも5年は暮らせる」国
さらに移住してからすぐ、元夫と長男と暮らし始めた首都から30キロ離れたケラヴァ市でも英語が通じる様子も書きました。実際には我が子が話すフィンランド語の愛らしさにつられ、在住5年が経つ前にはもう、フィンランド語を使い始めていたのですが。
フィンランドに移住したばかりの頃、ヘルシンキ郊外を息子と散歩していたらお婆さんに道を訪ねられ、「フィンランド語できません」と首をふったら、さらりと英語に切り替えられた。役所や保育園で手続きをするのに「英語で」とお願いすると、最初は物怖じした人も「フィンランド人は英語が上手じゃない!」と押せば英語で対応してくれた。移住前に夫が「英語だけでも5年は暮らせる」と請け負ってくれたのは嘘ではなかった。
以前、この記事を読んでからフィンランドにいらした方に「ヘルシンキのホテルのサウナで会ったフィンランド人が英語が全く話せなかった」と教えていただいたことがあるのですが、そういうフィンランド人もいます。私の知る限りでは、英語が苦手な人達は、英語以外の科目を教えている学校の先生や保育士や公務員などといった業種に多くいましたが、かといって流暢に操る人の中には、タクシーの運転手や個人事業主やゲーム好きな小学生などもおり、外国語が上手なのは女子が多いのかと思えば、意外と男子生徒の方が英語を使って世界の最新情報を活発に収取していたりするなど、なかなか興味深いです。
小学生男子に根強い人気のポケモンGO。フィンランド語版が無いので英語版でプレイしている。Visit Helsinki
英語をふくむ外国語の授業が始まる学年
小学生でも英語がペラペラな子がいるということは、低学年の頃から学校教育でビシバシ鍛えられているのでないかと、思われそうでが、実際にフィンランドで全国の小学1~2年生に対してA1言語(初めての外国語、母語以外の公用語の必修)教育が義務づけられたのは最近のことで、最終的な目標は全国で2020年1月からの開始でした。
ところでこの「A1言語」とは、初めての外国語なら当然「英語」だと思われるかもしれませんが、そうではないところが曲者です。フィンランドの指導要綱は国がまとめた「ナショナルコアカリキュラム」を地方自治体が、それぞれの地域住民の需要に応えてカスタマイズしていくので、一口に「フィンランドでは~」とくくるのは難しいのです。
例えば、我が自治体トゥースラでは、小学1年生から始めるA1言語は英語だけ、なのですが、首都ヘルシンキではドイツ語やフランス語といった英語以外のメジャーな外国語も選択肢に入ってきます。外国語といっても必ずしも英語とは決まっていないこの国際感覚。さすがヘルシンキですね。ヘルシンキ以外の主要な地方都市でも、言語の選択肢が広いと聞きます。おい、トゥースラよ。
ヘルシンキから30キロほど郊外にあるトゥースラ自治体の役所の建物 Tuusula
国が力を入れている「バイリンガル教育」
ところで同じくA1言語の中に含まれる「母語以外の公用語」とはどういうことなのでしょうか?これがまた、公用語が二つある国フィンランドならではの現象で、母語がフィンランド語の生徒にはスウェーデン語、スウェーデン語が母語の生徒にはフィンランド語を学ぶ機会を、低学年のうちから義務教育が面倒みてしまおうという太っ腹な話なのです。いわゆる「バイリンガル教育」というヤツですね。A1言語は1週間に1時限(45分)教えることが義務づけられたので、世界屈指で少ないといわれている1週間に19時限という1、2年生の授業時間を1週間20時限に引き上げました。
同じハフポストの記事でも、
学ぶのは英語だけではない。子供達も7年生(中学1年生)になれば、フィンランドのもう一つの公用語であるスウェーデン語の授業も加わり、身近にスウェーデン語やロシア語の話者もいるので、“英語のみ”が唯一の外国語として過剰に意識されることはない。小学校でも、フランス語やドイツ語などの第二外国語の選択授業があり、中学でもスウェーデン語以外にもう一つ、高校でもさらにもう一つ、と選択していくと最大で5カ国語を習得できる仕組みだ。
と書きましたが、このように日本では外国語となると英語だけに一点集中してしまうところが、フィンランドだと英語の出来不出来だけで自分の全ての言語能力を限定しなくても良いという、ちょっとした余白が残されています。フィンランド人に、私の子ども達が日本語を話せるのかと聞かれて「もちろんよ!」と答えると「あらぁ~素敵!」と身をくねらせるのも、お世辞ではなく、何らかの外国語ができることを素直に肯定しているからなのです。日本みたいにちょっと英語ができると知られると、めちゃくちゃデキるヤツとか、外国かぶれたイヤミなヤツだと距離を置かれたりするのではなく。
世界で人気の「ムーミン」シリーズは、スウェーデン語系フィンランド人のトーベ・ヤンソンによって、原作はスウェーデン語で書かれていた Moomin World& Visit Finland
ところが、その日本における英語に対する反応と似たようなものが、フィンランドではなんと、スウェーデン語に対して見られます。引用の記事の中に「子供達も7年生(中学1年生)になれば、フィンランドのもう一つの公用語であるスウェーデン語の授業も加わり」とあるのは、二つ目に必修で学ぶ外国語、B1言語のことです。そのB1言語でもまた、選択肢がスウェーデン語一択しかないトゥースラでは(ヘルシンキにはラテン語、スペイン語やロシア語もあります)、スウェーデン語にに対する青少年たちの反応があまりにも酷いので、長男が7年生で学び始めたのが次男の代では6年生からに引き下げられました。
次回はこの二人がスウェーデン語を学んだ様子を比べながら、フィンランド人が英語よりも意識する、公用語であり多くの人にとって母語ではないミステリアスなスウェーデン語との関係にも迫ります。いつもながらの寄り道、回り道をお許しください。
……To be contined.
靴家さちこ:(くつけ さちこ)フィンランド在住ライター。青山学院大学文学部英米文学科を卒業後、米国系企業、ノキア・ジャパンを経て、2004年よりフィンランドへ移住。共著に『ニッポンの評判』『お手本の国のウソ』(新潮社)、『住んでみてわかった本当のフィンランド』(グラフ社)などがある。
すでに登録済みの方は こちら