8.北欧は「幸せな国」なのか(vol.1)
「幸せ」の測り方
幸せな人が住む国とはどのような国?そして幸せの定義とは?目に見えないものをどうやって測るのでしょうか。まずこの「世界幸福度ランキング」とは、国連の持続可能な開発ソリューションネットワーク(SDSN)が発行する「世界幸福度報告書」に掲載されるものです。このランキングは2012年に始めて以来、ほぼ毎年3月20日の「世界幸福デー」に公開されています。
Photo: Harri Tarvainen / Visit Finland
ちなみに「国際幸福デー」とは、世界で初めて国の発展を測る指針として、GNP(国民総生産)ではなくGNH(国民幸福量)を取り入れたというブータン王国政府が提唱し、2012年から国連が採択した記念日のことです。
幸福度ランキングは、2020年版には世界156カ国、186の都市が対象とされ、各国の対象者がQOL(生活の質/人生の満足度)を主観で10段階評価した世論調査の平均に、
1) 一人当たりGDP(国内総生産、実質)
2)社会的支援
3) 健康寿命
4) 人生の選択の自由度
5)社会的寛容さ
6) 社会音腐敗度と
7)ディストピア(全項目が最低である架空の国)との比較
の7項目を加味して順位づけしたものです。
報告書ではこのランキングに3年連続トップ10入りをする北欧諸国の特徴を「社会保障の充実など、国や地域の社会環境が良く、自由度が高い人々の社会(人や国や政府など)に対する信用度が高い」傾向があると分析しています。
「世界一幸せな国なんだってさ」「へー」「まぁ、そうかもねぇ……」Photo: Emilia Hoisko / Visit Finland
実際に私が17年住んでいるフィンランドでは、無料の医療費で子ども達の健康と発達が見守られ、元夫も介護離職することなく両親に介護サービスを受けさせることができ、離婚してからは住居手当に片親手当と、あらゆるライフステージで社会保障制度の恩恵を受けてきました。
日本では大学を卒業してからすぐに一般企業で働き、社会福祉の資格を取ることなど考えたこともなかった私ですが、フィンランドで保育園の障害児アシスタントになることを志してから、無料の学費で2年間成人教育をうけたのちに、総合福祉資格であるラヒホイタヤ資格を取得することができました。
同じように、転職だけではなく業界も乗り越えて大きく人生を変える自由なフィンランド人の話は特に珍しくはありません。
信用といえば、職場でも少し仕事に慣れてくると信頼されて次から次へと新しいチャレンジをさせてもらえますし、細かいやり方に対する干渉も少ないです。
政治に関しても、不安や不満が残っても、とりあえず政府の決定には従える。一政治家に国をめちゃくちゃにされるのでは、という不安に駆られることは少ない。政治家の汚職スキャンダルで、来る日も来る日もテレビのワイドショーが口角泡を飛ばす場面をみることもありません。ですので、このランキングの結果には、わりとあっさり納得してしまいました。
さて当のフィンランド人たちのこのランキング対する反応はどうだったかといいますと、
「何それ?ぶははは!」
「……ヤーハス(あれまぁ)」
「えーああ、まぁ、そうかもねぇ……?」
といった具合で、2000年初頭にPISAテストで教育世界一の国になった時と同じような、既視感が感じられます。「フィンランド万歳!」とか「さすが我が国!」などといった激しいことはいわない。その薄い感じがまたフィンランド人らしくて、私は好きです。
Photo: Julia Kivelä / Lakeland Finland
小さなありきたりの「幸せ」
奇しくもちょうど2018年に、私はラヒホイタヤ(総合福祉資格)の取得コースに通っており、その学校で「ウェルネス」について学ぶ時間がありました。先生が「あなたが幸せと感じる時はどんな時ですか?」と問いかけた時、それはまさに私にとって、フィンランド人の主観的な幸福感を知る絶好のチャンスでした。
その問いに対して教室に居た30人ほどの生徒に回答が求められたのですが、ほぼ全員が「家族といる時(家族と何かしている時)」と答えました。
成人教育のコースだからというのもあったのでしょう。若者コースだったら「友達」や「恋人」と過ごす時間も多くあげられたと思いますが、誰一人として珍しい回答をして目立とうともせず、いとも素朴な回答ばかりだったことに、私はあまり驚きませんでした。
さらに、フィンランド人は日頃シャイな人達ではあるのですが、「幸せ」という言葉に対してはシャイではありません。ありきたりな些細なことでも、自分にとってそれが幸せであるならば、声に出して肯定します。
「幸せ」という言葉をあまり難しくとらえず、「ああ、そういえば、そんなことが幸せだわね」とあっさり認める。幸せとは、胸のあたりがじわりと温かくなる時ぐらいの感覚で、それほど高尚である必要もないという感じ。この距離感もまたいいなと思いました。
Photo: Julia Kivelä / Visit Finland
ユーモアを味方につけて
2020年の幸福度調査では「環境」がテーマとされていましたが、自然環境に関しては、サステナビリティを中心とした調査であったためか、秋冬の寒さ暗さが厳しい北欧諸国でも幸福度に影響が出ていません。実際にビタミン不足や季節性の鬱に悩まされるなど、厳しさは相当のものですが、春夏の光あふれる季節や白夜から、「自然」といえばその「豊かさ」や「美しさ」を連想することも多いからでしょう。
ユーモアも幸せに近づく大切なエッセンスです。あるどんよりと曇ったある晩秋の日、私が「この国のこの天気だけは辛いわ」と愚痴をこぼしたところ、あるフィンランド人が「フィンランドは一年中いい天気で暮らしやすい国だよ」と真顔で断言しました。「外にさえ出さえしなければね」とつけ加えて。
このようにフィンランド人のギャグには自虐的なものが多いです。厳しい状況をシュールな笑いに変えてしまう生活の知恵でこの国の人達は何年もの厳しい季節を乗り切り、そしてこれからも乗り越えてゆくことでしょう。
To be continued...
(次号の配信は1月20日水曜日です)
靴家さちこ:(くつけ さちこ)フィンランド在住ライター。青山学院大学文学部英米文学科を卒業後、米国系企業、ノキア・ジャパンを経て、2004年よりフィンランドへ移住。共著に『ニッポンの評判』『お手本の国のウソ』(新潮社)、『住んでみてわかった本当のフィンランド』(グラフ社)などがある。
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